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 ケイ・キンが自由気ままにいろんな話題について書いています。
 1ヶ月に1度くらいのペースで、がんばらずに続けたいです。

20080907
2008.09.07  快適なサイクリングをしよう!
 
 サイクリングを始めてからまだ半年にもならないが、天気のいい休日に風を感じながら、面白い場所を発見したときの感動や道行く人々とのさりげないコミュニケーション。初心者ながらもサイクリングの楽しさが何となくわかってきました。いまのところ僕が求めているスタイルは、普段着のままでのお気軽サイクリングで、いわば自転車に乗っての街中散歩という感じですね。
 ところが、何度か乗っているうちに、勝手が悪いというか不具合だなあと思うことがいろいろ出てきました。だから快適なサイクリングをするために、幾つかのグッズを徐々に買い揃えていったのです。(必須のアイテムではないが)
 
 まず、ドリンク。自転車で坂道をいっきに駆け上がったときは、激しい有酸素運動でもうハアハアゼイゼイ。当然のどが渇いて水分を補給したいのですが、普通のペットボトルだと乗ったまま飲むのが困難だ。そこで、ミノウラ製のハンドル用ボトルケージホルダーにボントレガー製のレースライトケージを取り付けました。併せて500mlタイプのボトルも買いました。(これですっきり)
 
 次に、グローブ。長時間自転車に乗っていると、手のひらがすごく痛くなってきます。夏用として、BBB製のサイクルグローブを2つ(BBW-25、BBW-26)買いました。どちらも伸縮性があって手によく馴染み、手のひら部分のハンドルを握ったときの感触がとてもいい。特にBBW-25は手の甲の部分がメッシュになっていて通気性も抜群である。
 (もう痛くないぞ)
 冬用は、またそのうちに考えようと思います。実際に手にしてみないと感触がわからないですからねえ・・・
 
 その次に、ウエストバッグ。今までに使っていたものはベルトが細いので、背中側にまわしたときに安定感がありませんでした。(あくまでフロント用?)
 そこで、モンベル製のトレールランバーパック4というウエストバッグを買いました。このバッグはベルト幅も広く、またバックパネルの部分がスポンジの入ったメッシュになっているので、背中側にまわしても全く揺れることなくすごく安定します。容量も4リットルだからカメラも余裕で入ります。(もう言うことなし)
 
 最後に、パンツ。今まではジーンズ姿で出かけていたのですが、ジーンズは膝を曲げる動きには不向きですね。特に汗をかいたときは最悪でした。
 で、ファイントラック製のアウトドア用ストレッチパンツを買いました。しかも日本製。このパンツは防風性や撥水性があって生地も丈夫そうだったし、実際に試着してみると、膝が曲げやすくフィット感も抜群でした。これならハイキングとサイクリングとで共用できるし、デザイン的にも普段着と違和感がない。
 
 これで、以前より比べ物にならないくらいの快適なサイクリングができるようになりました。いやあ、ホントに楽しいです。ルン♪
 
20080810
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2008.08.10  「だから、B型だ」って言われたい!
 
 3ケ月ほど前のことである。新聞を読んでいて、第一面の広告欄に掲載されている新刊本の題名のひとつが僕の目に留りました。それは、
 「だから、B型だ」って言うな!
という題名です。出版社は「主婦と生活社」で、著者は心理研究家の御瀧政子氏である。題名に続くキャッチフレーズがまた興味深い。
 「日常に刺激をくれるB型人間の面白さ!その素顔と真実とは?」
 う〜ん、たしかに僕もB型なんだけどねぇ・・・、どうなのかなぁ・・・
 
 ただその日は、所詮みんなの目を引くように考えられた題名に過ぎないと思って、そんなに気にも留めていませんでした。ところが、2〜3日経ってもその本の題名が頭のどこかにこびりついて離れなくなったんです。
 (なんか、気になるなあ・・・)
 
 僕はもともと、血液型の占い(他の占いも同様であるが)にはあまり興味がありません。生活環境や人間関係が多様な世界でたった4通りの人間に振り分けられてたまるかって、いつも思っています。その割にはプロフィールのページで「血液型はB型です」と自己紹介しているあたりは矛盾してるかも・・・
 
 で、次の休日になると、書店でこの本を探している僕がいました。よく売れているんでしょうねぇ。すぐに見つけてしまいました。
 (だめだ、触っちゃいけない。宣伝文句に乗せられるのか?)
 と言いながら、その本を手にとっていました。
 (だめだ、中を覗いちゃいけない。血液型に興味はないんだろ?)
 と言いながら、何ページかめくってみた。
 (うん、なかなか面白いかも・・・)
 結局、買ってしまいました。
 
 内容については触れませんが、まあ、B型の僕自身が「なるほど〜っ、そうだったのかあ」と感心するほど、B型人間の本質的な部分というか、心情的にならず的確に述べられていると思いました。ただ、人の性格って育った生活環境や人生観など他の要因でいろいろ差がありますから、具体的な事例などでは「それは、少し違うんじゃないか?」っていう部分もありますけどね。
 
 僕の場合、飲み会などで血液型の話題になったとき、「もしかして、A型じゃないですか?」ってよく言われるのですが、B型らしくないB型なのかなあ。この本を読んで、典型的なB型人間だと自覚した僕にとっては「あ、だから君はB型だ」って言われてみたいものですねえ。
 御瀧政子氏の本はシリーズになっていて、第2弾として「やっぱ、A型だ」って言うな!の本が、また最近では「ほらっ、O型だ」って言うな!の本が発売中らしい。ま、自分のことじゃないから、どうでもいいことなんですけどね・・・
 あ、もしかして、こういうところもB型なのかな? 
 
20080706
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2008.07.06  写真をいっぱい撮りたいね!
 
 インターネットの世界では、自分で撮った写真を公開しているサイトや写真素材を提供しているサイトが無数にあります。昔とは違って、デジタルカメラが発達した昨今では誰もが気軽に写真を撮れる時代になりました。
 フィルムカメラはピントを合わせるのが難しかったり、少しでも手ブレすると写真がボケてしまったりで、僕はどちらかというと苦手でしたね。
 
 そんな僕も数年前にデジタルカメラ(FinePix50i)を手にしてからは、以前より写真を撮る機会が増えました。デジカメはそりゃもう便利ですよね。写真店に現像を頼まなくてもいいし、失敗を恐れずどんどん撮れますからフィルムの無駄遣いを気にしなくてもいいし、何と言ってもパソコンでトリミングや明るさの補正などの編集が自由にできますからねぇ・・・
 
 でも写真を本格的に撮っている人の話によると、フィルムカメラでないと微妙な色合いや明暗が写らないこともあるらしいですね。それと光と影の構成で表現させるのならフィルムの白黒写真に限るのだとか。なんか、音楽でジャズを聴くのが好きな人のアナログレコードにこだわる話によく似ています。
 
 僕はそこまで求めていませんから、手軽に撮影できるデジカメはもう大歓迎です。写したいものがあって画像になればそれで十分。と言いながら実は最近、新しいデジカメ(PowerShotA590IS)を買ったのである。(わぁ〜い)
 同じ価格帯(いや、むしろ安くなっている?)のデジカメでも、数年前に比べると画素数が大幅にアップし、手ブレ補正の技術もどんどん進歩しています。実際に使ってみると、とても撮りやすくて出来映えもグッドだ。買ってよかったと思いました。ただ、画像のファイルサイズが大きくなるのは仕方がないなぁ。
 
 どんな写真を撮りたいのかというと、背景は何でもいいのですが、構図がよくてドラマ性を感じるような写真を撮りたいですね。できれば肖像権を侵害しない程度に人物も入れたい。その場所にたまたま自分がいたからこそ目にすることが出来た、というようなスナップ写真がいっぱい撮れたらいいなあ。
 風景写真や植物・動物の図鑑のような写真はプロの写真家に任せよう!
 
 僕は写真家を尊敬しています。なぜなら、いい写真を撮ろうと思えば、必ずその場所へ行かなければならないし、光の条件や瞬間のシーンを求めるときはその時間まで待たなければいけないですよね。これにはねばり強さというか忍耐力が必要になってきます。簡単にできることじゃない。もうこうなると一種のアウトドアスポーツですねぇ・・・
 
 よし、これから外出するときはできるだけデジカメを持っていよう。
 そして、がんばらずに写真を増やしていきたいです。
 
20080609
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2008.06.09  またリミックスをやってしまった!
 
 「おいおい、またかよ」「ごめんなさい・・・」
 うん、もう先に謝っておこう。オリジナルソングの再アップ(リミックス)は終わりにしたいと言っておきながら、またやってしまったのである。
 
 コツコツと曲作りを続けていて本年5月14日、5年ぶりに新曲を4曲発表する運びとなりました。で、この4曲をミックスダウンさせるとき、これまでに反省したことや疑問に思っていたことなどを踏まえて慎重に編集をしたら、意外といい感じに仕上がったのである。
 では、先行の20曲と比べてどうセッティングを変えたのか。それは実に簡単なことで、ベースとドラムのボリュームを下げて、全体のパンを少し広くしただけなのです。
 
 過去のトピック「20070811 余分なものを取り除く??」で言ったように、物足りないと感じたときには足すのではなくて、余分なものを取り除くというのを実践したと言えようか。また「20070217 イコライザだったのかあ!」のトピックでは、アタック感が足りないからと言って全体の音質調整にこだわっていましたが、今回、イコライザはいっさい触っていません。その作業自体は間違いではないと思いますが、そこまでする必要がなかったのです。
 
 要するに、出すぎていた音を少し引っ込めることによって、他の音が生きてきたということですね。言い換えれば、それぞれの音を競争させるのではなくて、あくまでもバランスが大事だということでしょうか。
 そこで、新曲と同じレベルに揃えるために、過去の20曲もすべてミックスダウンをやり直しました。僕としてはさらによくなったと思っています。
 
 話は変わりますが、この度の新曲の制作ではボーカルの録音で少し苦労しました。今まではすべて一発録りだったのですが、喉を痛めてガラガラ声になっているので、念を入れて4曲とも3テイクずつ録りました。
 で、ベストなものに編集・・・、つまり「いいとこ取り」です。まあ、年を取るとともに喉も衰えていきますから、悲しいけれど仕方がないですねえ。
 それと、録音レベルの調整に少し失敗していて、やたらと風切り音が入ってしまっています。もう一度録り直すかどうか迷ったのですが、よく聴いてみると生の感じが出ていて、返っていいかもしれないなと思いました。
 「ええいっ、そのまま使っちゃえ!」
 
 というわけでいろいろ喋りましたが、めげずに第二の青春を僕は歩み続けております。これからもコツコツと曲作りを続けてまいりますので、温かく見守ってやってくださいませ・・・
 
20080510
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2008.05.10  サイクリングって楽しいね!
 
 唐突ですが、自転車を買いました。「DAHON」というメーカーの折りたたみ自転車で、「メトロ」というモデルです。
 メーカー名のDAHONを初めて見たとき、「DAHONって、自動車やオートバイのHONDAをもじった名前なのか?」と思ったのですが、後にとんでもない失礼な思い違いであるとわかりました。なんと、レーザー工学の博士だったアメリカのDavid Hon氏が、地球に優しい移動手段は折りたたみ自転車しかないと考え、自ら開発して興した自転車メーカーの名前だったのである。
 「なるほど、DavidのDaとHonをくっつけてDAHONなのかぁ」
 しかも、25年の歴史を持つ老舗のメーカーで自転車の業界では有名らしいですねぇ。ああ、無知だった自分が恥ずかしい・・・
 
 この自転車を買うことになったきっかけは同じ職場のアルバイトさん(主婦の方)でした。ある朝、彼女がおもむろに「メトロ」に乗ってやって来た。そしてその自転車を初めて見たとき、なんと僕の心が踊り始めたのです。よく観察してみると、無駄な部分がなくシンプルでありながらスタイルはいいし、どのパーツもカッコいい。で、彼女に言った。「俺もこんな自転車ほしい〜っ!」
 彼女がご主人にこの話をすると「それなら教えてあげたら?」と言われたらしく、後日ネット販売を取り扱っている自転車店のサイトアドレスを教えてもらいました。
 その数日後にめでたく購入〜っ。(なんか嬉しい・・・)
 
 実を言うと、買う気になった伏線が今までにあるのです。
 僕は何年か前に予言したことがあります。そのうち歩いている人や自転車に乗っている人よりも、自動車に乗っている人の方が恥ずかしい時代がやって来るだろうと。つまり、人間は体を動かさなきゃだめだと・・・
 でも、今のところ、まったくその気配もありませんねぇ・・・ははっ。
 
 で、スポーツから遠ざかっていた僕は、しばらく軽登山のハイキングに参加していた時期もあったのですが、何か一人でも手軽に楽しめるものはないかと模索していました。そのひとつがサイクリングなのです。
 また、僕の友人がサイクリング情報を発信するサイトを運営していて、サイクリングの楽しさをいっぱいレポートしています。テーマは「楽しくリンリン、健康増進!」だそうで、いやぁ、これにも触発させられました。
 
 こうして自転車を買ってから、天気のいい休日にサイクリングを楽しんでいます。
 折りたたみ自転車なので、いつか日本中を輪行してみたいなあ。まず、手始めは自宅からのお手軽サイクリングですね。自転車で走ってみると、意外に街のいたるところで新しい発見があるものですね。それとハイキングほどではないが地球との一体感を感じることができます。
 あ、そうか、僕はきっと地球を愛しているんだぁ・・・(ちょっと大げさ?)
 
20080407
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2008.04.07  おおっ、これで50話目だなあ!
 
 2004年7月にホームページを開設して、あいさつ文から始まったトピックスもついに50話目を迎えることになりました。いやあ、よく続きましたねぇ。我ながら感心しています。これからも、がんばらずに続けたいと思っております。
 トピックスという目次ではありながら、世間で話題になっていることは全く反映されていません。僕の体験談をはじめ、感じたことや思ったことをテーマにした、完全に自己中心の話題集です。(これでいいのだ)
 
 サイトを運営していて、掲示板を作ってみようかなと考えたこともあったのですが、コミュニケーションが下手な僕にとっては苦痛になるかもしれないと思って、やっぱりやめました。いつもパソコンに向かっていられるわけではないし、1ヶ月に1度くらいのペースがちょうどいいですね。
 だから今までどおり一方的にしゃべってやるぞ。(ぬはは)
 あ、もちろんご意見・ご感想等のメールをいただいたら返事はしたいと思っています。ただし、もうけ話には興味がありませんので、ごめんなさい・・・
 
 ホームページを開設したとき、僕は次のように書きました。
 「オリジナルソングについてはどんな評価をしてもらっても構いません。たとえ一人でも、僕の歌を聴いて何かを感じていただければそれで満足です。」
 なんだか自信がなさそうなコメントになっていますが、思い切って言うと、僕は自分の作った曲が全部好きなんです。音楽の理論といった技術的なことはよくわかりませんが、聴いていてみんな美しい曲だと思っています。だからこそみんなにも聴いてもらおうと思ってUPしたんですけどね。
 ただ、人の好みというか感性はいろいろですからねぇ・・・
 
 人はみんな、それぞれの人生の中でいろいろなことを考え、いろいろな思いを馳せながら生きていますよね。そして、その人生観や価値観といったものは実に様々だと思います。何が正しいのかなんていう答えは存在しないんじゃないかと思ったりもします。
 そんな中で、僕は僕なりの思いを歌にしたり、このトピックスでもいろいろしゃべったりしています。だから「世の中にはこんな奴もいるんだなぁ」という感じで楽しんでもらえたらいいなと思いました。
 
 今までに励ましメールやご意見を下さった方、ありがとうございました。今後ともご愛顧くださいますよう、よろしくお願いいたします。
 それから、「エリア−ケイ・キン」はランキングとかには縁のないサイトですから、ブックマークの制限はもちろん一切ありません。一度サイトに来られて気に入られた方は、トップページ以外のどのページをブックマークしてもいいですよ。なんなら、全ページをブックマークするとか・・・
 あ、いや、そんな人はいないよなぁ(汗)
 
20080315
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2008.03.15  ギター好きの人は必見のDVD!
 
 2004年6月4日、エリック・クラプトンが主催者となり、テキサス州ダラスで「クロスロード・ギター・フェスティヴァル」が3日間にわたって開催されました。
 これは、エリック・クラプトンが自ら設立したアルコール・薬物中毒者のための更生施設「クロスロード・センター」の運営資金を確保するために行われた、いわゆるチャリティ・コンサートです。そして後日、このコンサートの模様を収録したDVDが発売されたのですが、このDVDが非常に素晴らしい。
 まさに、ギターが好きな人、ギター曲が好きな人、ギタリストに興味がある人のためのDVDと言っても過言ではないだろう。
 
 出演者は、エリック・クラプトンの呼びかけで、このイヴェントに賛同して集まった超豪華な顔ぶれのギタリスト達である。B・B・キングやカルロス・サンタナをはじめ、その数は優に30を超えていたらしい。彼の交友関係がいかに広く、また、いかに多くのミュージシャン達に愛されているのかを感じさせられます。
 旧友のジェフ・ベックも出演していたらしいのですが、このDVDには収録されていません。少し残念ですねぇ・・・
 
 演奏される曲のラインナップはロック、ブルース、カントリー、ジャズと実に多彩です。全体的にはブルース音楽が中心ですね。
 またフェンダーやギブソンをはじめとする様々な種類のギターが使用され、何よりも僕がこのDVDに価値があると思ったのは、ミュージシャン達のいろんな演奏スタイルを鑑賞できることであります。ピックを使用したり、フィンガーピッキングやボトルネック奏法で弾いたりしていて、まるでギター教本のオンパレードであるかのようだ。
 特にスティーヴ・ヴァイの演奏、すごいですねぇ。ギターが好きな人であれば、観ていて絶対に飽きないと思います。
 
 そして昨年、2007年7月28日に第2弾として、シカゴのトヨタ・パークで「クロスロード・ギター・フェスティヴァル 2007」が開催されました。もちろんこのコンサートの収録DVDもすぐに発売されました。コンセプトとしては前回と同じですが、このDVDの出来上がりもまた非常に素晴らしい。
 B・B・キングがステージの上で、「私はいろんな人に会ってきたが、彼以上にいい人はいない、誰より情け深い人だ、我が友エリック・クラプトンは・・・」と語っていたのがとても印象的でした。
 あ、それと今度はジェフ・ベックの演奏も収録されています。名演です。
 
 DVDはどちらも2枚組で定価はいずれも5,900円ですが、内容や収録曲数からみても決して高額ではないと思います。アーティストのインデックスではエリック・クラプトンに分類されていますので、ギターが好きな人、特にブルースに興味のある人は一度ジャケットだけでも覗いてみてはいかがでしょうか。
 いや、もう、絶対にお薦めなのであります。。
 
20080210
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2008.02.10  すごく面白いと思った本は?
 
 本を読むのが好きになるなんて到底考えられなかった。僕は小さい頃から大人になるまであまり本を読んだことがない。小学生の頃、図書室にあった江戸川乱歩の推理小説を読んでドキドキしたことは憶えていますけど・・・
 
 僕が本をよく読むようになったのは25歳くらいからだ。きっかけは、著名な創業者がいかにして財をなしたのか、あるいは歴史的な事件の真相はどうだったのか、それらについて「くわしく知りたい」と思ったことからでした。
 だから、ノンフィクション小説や歴史小説を読むのが好きで、有名な文学作品には今のところ興味がないです。ま、そのうち読みたくなるだろう・・・
 で、そんな中途半端な読書好きの僕が、今までに読んだ本の中で「これは面白い!」と思った本があるので、いくつか紹介してみたいと思います。
 
 まずひとつめは、清水一行の「器に非ず」という本です。これは本田技研工業をモデルにした企業小説で、社長と副社長が後進に譲るためと称して、二人揃って退陣して美談と騒がれたのだが、実は二人の間には確執があったという話である。物語の主人公は副社長で、こんなに会社に貢献しているのになぜ社長にしてもらえないのだろうと日々猜疑心を募らせていく。そして最後に社長と刺し違えて退陣するとき、社長から初めてその理由を聞くのだが、それは思いもかけないたったの一言であった・・・
 謎解きのサスペンスのようで、読者も思わず感動する名作だと思います。
 
 ふたつめは、森村誠一の「吉良忠臣蔵」という本です。忠臣蔵と言えば、赤穂藩家老の大石内蔵助を中心とした四十七士の仇討ちの物語ですが、浅野対吉良という構図では、浅野側に視点をおいた物語の方が圧倒的に多いですね。吉良上野介は地元では名君としてとても有名で、この事件もまだまだ謎が多いとされているなか、吉良側に視点をおいたこの小説は非常に面白い。米沢藩家老の色部又四郎が主人公となって、大石内蔵助との心理戦争のように展開されているのが物語をよりドラマチックなものにしています。
 忠臣蔵がいかに奥深いものかを再考させられるいい作品だと思います。
 
 そのほか古書店で見つけたものですが、今東光の「毒舌・仏教入門」が面白いですね。これは昭和50年に滋賀県のお寺で5日間行われた説法の記録なのですが、本当の人のやさしさとは何かを楽しく語っておられます。口調はたしかに毒舌で、一緒にいた高僧の方々は苦虫を噛みつぶしたような表情だったらしいが、聴衆のみなさんは誰一人眠る者がいなかったそうです。
 心の洗濯をしたい人にとっては、一読の価値がある本だと思います。
 
 ついでに、同じ今東光の「毒舌 身の上相談」といって、週刊誌で人生相談をされていたときの問答が本になっているのですが、毒舌の回答になぜか人間愛を感じさせられる内容で、いやあ、これも面白いわあ・・・
 
20080115
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2008.01.15  ギターがうまくなりたい!
 
 日頃から「ギターがうまくなりたいなあ」といつも思っているのですが、なにもプロ並みの腕になりたいと言っているわけじゃないのです。素人レベルでいいから人前で弾いても恥ずかしくない程度には上達したいですねえ。
 いまの世の中では、否応がなく誰もが何らかの形で音楽と関わっています。そこで、ギターに限らず何か1つでも楽器を演奏することができたら、心にゆとりができるというか人生が楽しいものに変わると思いますね。
 
 書店に行くと、初心者用のギター教本がたくさん並んでいます。これからギターを始めたいと思っている人が増えているのかもしれません。独学で練習しようと思っている人にとって、昔と違って最近の教本のいいところはサンプルCDやDVDが付いていることですね。なぜかというと、ギターの練習に欠かせないのはまず聴くこと、あるいは弾くところを見ることだと思うからです。つまりお手本が必要なわけです。
 
 僕の場合は、まず初心者用の教本で基本的な弾き方を覚えてから、好きなアーティストのスコア集などでTAB譜(弦のどこを押さえるかを示した譜)を見ながら練習を続けてきました。ところが最近、このTAB譜に頼る練習方法が上達を妨げているのではないかと思うようになりました。
 この方法だと譜面を全て記憶しないといけないですね。そうではなく、弾こうとする音(あるいはフレーズ)がまず頭の中にあって、その音を鳴らすにはどこを押さえたらいいのかという、いわゆる耳コピの技術を身につける必要があると思いました。
 TAB譜はあくまでも補助的に使用するべきなのではないかと・・・(違うのかな?)
 
 それと、初めのうちは左手の「弦のどこをどのように押さえるのか」といったことに重点を置いていましたが、最近はそれよりも右手の「ピッキングが正確にできているか」が大事だと思うようになりました。ピックを使用する場合とフィンガーピッキングの場合の両方に言えることだと思います。
 もう、こうなると理屈じゃないですよね。反復練習しかありません。僕もこつこつと時間を有効に活用して練習を続けたいと思っています。
 
 あ、反復練習といえば、ギターを弾き始めてから必ず経験するFコード(いわゆるバレーコードのひとつ)の壁がありますね。一部の教本では低音部を省略した簡単なコードを勧めるものもありますが、僕は賛成できません。ギターを弾く以上バレーコードを避けて通ることはできませんから、いつか弾けるようになるのを信じて反復練習を続けるのが一番いいと思います。(必ず弾けます)
 
 プロのギタリストになった人たちは、経験話などによると若い頃に毎日6時間くらいは練習していたらしいですね。すごいですねえ・・・
 僕は毎日6時間、睡眠をとることを目標にしています。(なんのこっちゃ)
 
20071216
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2007.12.16  アコースティックとエレクトリック!
 
 ギターを弾く人やギター曲を聴くのが好きな人の間で、よく話題になるのがアコースティックギターとエレキギターのどちらが好きかという問題です。アコースティック派か、それともエレキ派かっていう言い方もありますね。
 どちらが好きなのかはいろいろな理由で意見が分かれるのですが、面白いことに、大抵の人が「どちらかと言うと」と前置きをしてから選んでいます。
 
 つまり、アコースティック派の人はエレキを、またエレキ派の人もアコースティックを否定しないのです。これは僕もなんとなく解るような気がします。
 ハイテンポで疾走するような曲ではディストーションなどのエフェクターを駆使したエレキが本領を発揮するし、スローバラッドで語りかけるような曲ではアコースティックの音色の方がよく似合うような気がします。(もちろん私見です)
 曲によってアコースティックとエレキのどちらをチョイスするかの違いはありますが、ギターはあくまでギターですからね。
 
 実際に弾く場合の違いはどうでしょうか。僕の感想はこうです。
 まずアコースティックギターですが、エレキに比べて弦高がやや高めなのでコードを押さえにくいときがありますね。特にアルペジオを弾いているときなどは、押さえ損ねた弦の音が鳴らなくなるのがよく目立ちます。また弦が硬いので練習していてもすぐに指が痛くなる。いちど柔らかい弦を試したことがあったのですが、アコースティックならではの深い音色や響きを出すためには少なくともライトゲージ以上の弦を使用した方がいいなと思いました。
 
 それに比べてエレキギターは弦高がやや低めなのでコードが押さえやすい。仮に押さえ損ねても何音かが鳴っていれば何とかごまかしがきく。また弦が柔らかいので指もそんなに痛くはならない。ただ、弾き始めるまでにアンプやエフェクターなどの用意に手間がかかるし、トーンの調整などで好みの音を見つけるまでがなかなか難しい。
 でも、いろいろな音が作れるという利点があるのは大きな魅力ですね。
 
 環境面での違いは、アコースティックはギターさえあればどこででも弾けますが、エレキギターは電源を必要とするので場所が限られてきます。いつでもどこでも気軽に弾けるという点ではアコースティックに軍配が上がるかな?
 音の違いでは生の音の響きが好きなのか、アンプを通して増幅させた音が好きなのかの違いですが、エレキギターの中でもブルース奏者の単音弾きなどでは、アンプやエフェクターのセッティング次第で生音に劣らずいい音だなあと思うときもありますね。
 
 では、僕はいったいどっち派なんだろう。選ぶのは本当に難しい。
 「今のところ、どちらかと言うとアコースティック派かなあ」 めちゃ曖昧・・・
 
20071119
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2007.11.19  好みの音楽は変わっていく?
 
 どんなに年齢を重ねても、ずっとロックサウンドが好きな音楽でいつまでも変わらないと思っていました。ロックサウンドと言っても定義が難しいですね。僕の言っているのはエレキギターを中心とした8ビートのロックンロールのことです。世間で言うところのブリティッシュロックとかハードロックといったところでしょうか。それと、8ビートとは限らないがブルースロックも含めておこう。
 
 若い頃にフォークギターを手にしたときは、井上陽水やかぐや姫をよく聴いていました。たしかにいい曲がたくさんあるのですが、なかばギターの練習をするために必然的に聴いていたような感もします。
 腰を据えてじっくりと聴いていたのは、デレク・アンド・ザ・ドミノス時代以降のエリック・クラプトンとビートルズ解散後のジョージ・ハリスンでしたね。本当に好きで、同じアルバムを何度も何度も聴きました。
 
 日本の代表的なロックバンドでキャロルがありましたけど、熱狂的になるほどのファンではなかったですね。どちらかというとソロになってからの矢沢永吉の方が好きでした。「アイ・ラブ・ユー’OK」から「キス・ミー・プリーズ」までの5枚のアルバムはよく聴きましたね。
 ですから、好みの音楽というと洋楽ではエリック・クラプトン、邦楽では矢沢永吉といったところでしばらく落ち着いていたんじゃないかと思います。
 
 ところが何年か後、たまたまレンタルCDで初めてSIONの曲を聴いたときに、僕の脳天に衝撃が走りました。その曲はいまでもよく憶えています。「かわいい女」というアルバムの一曲目、「あんたがいい」という曲です。
 詞はものすごく荒削りなんだけど何か優しさを感じるし、また歌い方といい、曲のアレンジといい、心にグサッとくる感じでしたね。それからはもっと聴きたくなって、SIONのアルバムを買い漁りました。中古CDも含めて・・・
 
 で、最近のことなのですが、真に応援したくなるような魅力的なアーティストがいないとぼやいていた僕ですが、気になるアーティストが出現しました。
 馬場俊英さんである。
 よく通っているCD店の試聴コーナーで初めて聴いたのですが、まず歌詞がいいですね。日常の何気ない情景の中でいろいろな思いを素直に語っているのですが、その行間に大切なというか純粋な心情が埋め込まれているのがよくわかります。曲のコード進行もアレンジもいいし、歌声もなかなかいい。
 なかでも「君の中の少年」という曲は、伴奏がアコースティックギターとハーモニカとパーカッションだけなのに、すごく感動してジーンときました。
 
 あれ?エレキギター中心のロックサウンドとは少し違うぞ。僕の音楽の好みが変わってきたのかなぁ? どうなんだろう?
 ま、僕のジャンルの分け方で言えば、どれも同じロックなんだけどね・・・ 
 
20071021
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2007.10.21  美声の歌手とダミ声の歌手!
 
 人の声というのはそれぞれ声質というものが違っていて、同じ曲(歌)を歌っても歌う人によって曲の感じががらりと変わりますね。これは歌の上手・下手の技術的な問題ではなく聴いていて気持ちがいいかどうかだと思うのです。
 
 音楽をよく聴いている人々の間で、美声の歌手とダミ声の歌手のどちらが好きか?ということがたまに話題になるようです。美声の歌こそ芸術だと言う人もいればダミ声の歌には感情がこもっていると言う人もいて様々な意見がありますが、一面的な捉え方ではなかなか答えは見つからないと思います。
 いや、むしろ答えなんて必要ないのではないでしょうか。
 
 音楽(歌)を聴くとき、歌だけを聴くというのはあまり例がないですよね。何が音楽(例えばロックなどのポピュラー音楽)の要素として大事なのか、僕の場合ちょっと変わっているかもしれないですけど仮に順序をつけてみると、まずベースとドラムが繰り広げるベースライン・リズム・ビート、次に全体的なコード進行、3番目にボーカルの声のトーン・メロディ・歌詞、4番目にギターのフレーズ・音色といったところでしょうか?
 
 でもこれは全ての曲に当てはまることではないし、順序をつけてはみたもののどれも大事な要素であって、要するに歌や声というのはあくまでも曲の一部にしか過ぎないと思っているのです。
 つまり、人々に何かを伝えようとする歌詞の内容と、ボーカルの歌声・表現力と、編曲者による曲の構成やバックバンドの演奏力など全てがベストマッチングされてはじめて、いい曲になるかどうかが決まるのではないでしょうか。
 
 もちろん人それぞれ感性が違いますから、どの曲がいいのかは意見が分かれて当たり前です。いわゆる「好み」というものですね。音楽(歌)はどんなことを歌っているのか歌詞が一番重要だという人もいれば、メロディが一番重要だという人もいる。これも「好み」の違いだと思います。
 
 僕なりに考えてみたのですが、メロディを重視してリード楽器と同じレベルでボーカルを配置させた音楽は美声の方がマッチングするし、歌詞を重視したいわゆる語りの曲でその伝えようとする内容によってはダミ声の方がマッチングする場合もあるということなのではないでしょうか。
 あくまでもそれぞれの曲に美声が合っているか、ダミ声が合っているかということだと思います。
 
 そこで、僕の好きな曲を振り返ってみたのですが、圧倒的にダミ声のアーティストの曲が多いですねえ。今まで美声かダミ声かなんて意識してなかったつもりなのにどういうわけだろう。すみません、わけわからなくなってきました・・・
 
20070915
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2007.09.15  なぜ物語を書いているのか?
 
 書店へ行くと、自叙伝や半生記とかいった書物をときどき目にすることがあります。そういった書物は波乱万丈の人生を送っている人にはよく似合うが、僕のような平々凡々の人生ではもし書こうと思っても書くことが何もない。もっとも、夢を持たずチャレンジ精神もないからだと言われればそれまでだが・・・
 たしかに平凡な人生かもしれないが、僕も生身の人間である。自分の人生で自分なりに少なからず感動する場面だってあるのだ。
 
 何年か前に、僕は自分の体験に基づいた物語をいくつかノートにしたためたことがありました。僕に文才などあるはずもなく世間に公表する気もまったくなかったのですが、なぜか人生の転機となった出来事や感動した場面を書き留めておこうと思いました。高校生のとき、夏休みの作文の宿題を提出せずにうやむやにしようと企んだこの僕が、自分の意思で書こうと思ったわけです。(自分でも信じられない・・・)
 
 ところで、このホームページはオリジナルソングをみんなに聴いてもらいたいと思って立ち上げたものですが、最初の構想では「ソングス」「トピックス」「プロフィール」のページしかなく、少し寂しい状態でした。そこで「ストーリー」というページをコンテンツに加え、以前に書いた物語を恥ずかしかったけれど思い切って公表することにしました。オリジナルソングと同じで、せっかく書いたんだからみんなに読んでもらおうという感じで・・・
 
 今のところ、「鉄琴で開いたひとつの扉」「スローモーション」「井の中の蛙、いざ大海へ」の3話があります。いずれの作品も主人公のモデルは僕自身で、多少の脚色はありますが、ほとんど実話に近いものです。ただ、「井の中の蛙、いざ大海へ」だけはカエルを主人公にしてオブラートに包んだようにしていますが、話の展開は僕の人生そのものですね。
 
 僕にとって初めて人生の転機となったのは、小学校の音楽の授業で先生に無理やり鉄琴を演奏させられたときでした。一生懸命に練習をして本番でうまくいったときは本当に嬉しかった。どちらかというと引っ込み思案だった僕が、少しずつ積極的になっていったのはこの出来事があってからですね。
 だから、この印象に残った場面をいつまでも忘れないでいたいと思いました。そんな思いで書いたのが、「鉄琴で開いたひとつの扉」です。
 
 思い起こせば、子供の頃から今に至るまで感動した場面がいくつもありますねぇ。そして、これからもたくさん出会うに違いない。
 話の内容は短くてもいいから、些細なことでもいいから、少しずつでいいから、自分の人生の中で感動したことを物語にして書こうと思っています。
 「あれっ?ここは音楽サイトじゃなかったっけ?」(まっ、いいか・・・)
 
20070811
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2007.08.11  余分なものを取り除く??
 
 作曲・編曲をしていてマルチトラックでサウンド編集を行うとき、「う〜ん、何かもの足りないなあ」と思うことが時々あります。そんなとき、ベースの音量を上げてみようかとかドラムの音を少し増やしてみようとかいろいろ試してみるのですが、ますます泥沼にはまって方向を見失いがちになってしまいます。
 インターネットだったのか何かの本だったのか忘れたけど、プロの音楽家が、「こんなとき、素人は足したがるけれど、プロは余分なものを取り除く」と語っているのを見つけて「なるほど〜」と思いましたね。 
 
 そしてこれは、普段の生活においての物事の見方や考え方にも通じることだなあと思いました。
 たとえば、部屋の壁に一枚の絵を飾ろうとしたとき、きらびやかな額縁に絵を入れたり、壁紙がカラフルな模様であったり、また飾ろうとする場所の下に派手なデザインのサイドボードがあって花束や置物がたくさん並んでいたりすると、せっかくの美しい絵が目立たなくなってしまうことがあります。
 こんなときは、もっと目立つような絵に取り替えるのではなく、単色の壁にして額縁もサイドボードもシンプルなデザインのものにし、置物は置かず花も一輪だけにしてみると自然に絵が際立ってきますよね。
 
 街並みにしても同じことが言えるだろう。ヨーロッパの街並みが日本の街並みに比べて何故あんなに美しいのかを考えてみたことがありますが、答えはすぐに見つかりましたね。それは、建物がきれいで木々の緑が多いからだけではなく、電柱・電線や雑多な広告看板が一切ないからです。(あくまで私見です。それにヨーロッパでは古くから下水などの地下通路が発達していたから電線の地中化が簡単だったかも・・・)
 
 世の中の様々な決まりごとも同じではないだろうか。あれはいけない、これもいけないとマナーやモラルの類までもがルール化され過ぎて、人のとるべき態度の本質が見えなくなってしまっていると思うのだ。要は「他人からされて自分が嫌だと思うことを他人にはするな」の一言で片付くと思うのだが・・・
 昔、老子様が「決まりごと(規則)が増えるのは、人心が失われて世の中が乱れだしているからだ」と言われたらしいが、寂しい話ですよね。
 
 今の世の中は物質文明の真っ只中にあって、物や情報が溢れすぎていて何が本当に必要なものなのか、また大切なものなのかを見失いがちです。
 これからは、何でも取り入れるということだけでなく、余分なものを取り除くという発想が必要になってくるかもしれません。僕と同じような思いの人はたくさんいらっしゃると思う。でも、こう言う人もたくさんいらっしゃるだろうな。
 「そんなことを考えている暇があったら、やるべきことをやれよ」
 うん、それも一理ある。
 
20070708
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2007.07.08  トップページを少しリニューアル!
 
 趣味で作ったオリジナルソングをたくさんの人に聴いてもらいたくて、2004年7月にホームページを開設しましたが、あれから3年が経ちました。はやいものですね。
 あの頃はパソコンの知識もあまりなくて(今もたいして変わらないけど)、ホームページを作成するとは言っても方法がよくわからなかったので、市販のHP作成ソフトに頼ってマニュアル本とにらめっこしながら奮闘しましたねぇ。そして無事にホームページを開設させることができ、少しずつ改良を加えながら運営を続けて今日に至っています。
 
 開設してから3年の間に新曲をひとつもアップできなかったのは悔しいですけど、まあ、曲作りについては焦らずにコツコツと続けていきたいと思っています。(もちろん制作中ですよ〜) で、サイトを運営している以上は何らかの更新をさせようと思って、このトピックスだけは一ヶ月に一度のペースで書き続けてきました。それで、更新させるたびにトップページの更新情報の欄を確認していたのですが、最近あることに気がついたのです。
 
 それは、コンテンツの各ページは少しずつ変わっているのに、トップページだけは3年間レイアウトやデザインがず〜っと同じままだったんですよね。イメージ写真を少し変えたことがありましたけど・・・
 そこで先月中旬、トップページを少しだけリニューアルしました。コンセプトとしては、画面スクロールをしなくても全体像がわかるような配置にすることでした。
 
 具体的に言うと、まずサイト名とイメージ写真と縦に並べていたのを横にしました。スペースを有効に活用しようと・・・
 次に、トップページから各ページへのリンクボタンを他のページと同じ位置にしました。すばやくページ間の移動ができるように・・・
 その次にあいさつ文と更新情報を、文字を少し小さくしてサイト名の次に配置しました。続いてコンテンツですが、ボタンは上へ移動させましたから、新たに説明文入りのイメージ写真を作成してリンクさせました。内容がよくわかるように・・・
 最後に一番下へおまけとして情景写真を細長く入れました。全体のバランスを良くするため、足元を固めるかのように・・・
 
 出来上がったのを見て、我ながら「うん、いい感じだわぁ」と思ってしまいました。完全に自己満足の世界ですね。ははっ・・・
 ま、当分の間はこれでいこう!
 今度は密かに独自ドメインの取得を企んでいます。でもどこからか、こんな声が聞こえてきそうですねぇ。
 「おいおい、引っ越すのかよ?新曲はまだなのか?」 ごめんなさい・・・
 
20070619
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2007.06.19  原曲キーは意外と大事なもの?
 
 オリジナルソングの「Eで始まるラブ・ソング」ってどういう意味ですかというご質問をいくつかいただきました。
 これにはいろいろな意味が含まれていて、まず歌詞の冒頭が「いい男だったと言われてみたい・・・」という具合に、「いい=E」の言葉から始まっているというのがひとつ。また、この歌の主題は歌詞の最後にある「終わりが始まり」という部分なのですが、終わりはEndなので「End=E」が始まりと表わしたのがふたつめで、「E」を掛詞のように使ってみたのですが、まあこれは遊び心というか一種の駄洒落みたいなものですね。
 
 で、本当の意味はどうかというと、イントロと歌いだしがEコードで始まるラブソングだということです。(曲調もEである)
 僕は数あるコードの中でEコードは最も好きなコードのひとつなのですが、このコードは他のメジャーコードとは違って切ない哀愁を帯びた独特の響きを持っていると思うのです。もちろん主観的な感想ではありますが・・・
 ブルース曲にはよくEが使われていますね。
 
 Eコードが好きになったきっかけはミス・チルの「Simple」という曲でした。この曲は、AメロとBメロではE・A・Bのコードを中心に進行し、サビの部分になるとC#m7・G#m7・F#m7がよく使われているのですが、聴いていてすごく美しいコード進行だなぁとおもいました。
 別にEにこだわらなくても移調すれば同じだから、どのキーでもいいじゃないかと思われるかもしれないが、違うのである。EはEなのだ。
 
 音楽は基本的に13音(または8度音程)で1オクターブであるが、音の響きにはそれぞれ特徴があって聴いた感じもすべて違うものである。そこで、Eでしか得られない感触というものを選んでいるのです。つまり絶対的な音程というか音そのものを選んでいることになります。(絶対音の話ではないです)
 電話の発信音にGの音が採用されているのも同じような理屈かもしれません。正確にはGより少し高い音で、ギターならGをクォーターチョーキングさせたぐらいの音でしょうか。この発信音は周波数が400Hzぐらいで、人間にとっていちばん聴きやすい音程なんだそうです。どの音でもいいというわけではないってことですね。
 
 僕は声域がとても狭いので、作曲していてもキーの選択肢が限られてとても苦労しています。プロのアーティストが作った曲にはそれぞれの曲調がありますが、なぜその曲調なのか、何か深い意味があるような気がするのです。
 カラオケなどでキーが合わないからといって、移調させて歌うと曲の感じががらりと変わるときがあります。やはりこれは何かあるぞ。
 
 とにかくどんな曲でも、原曲のキーは大事にしないといけないのかも・・・
 
20070520
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2007.05.20  趣味について考えてみた!
 
 「あなたの趣味は何ですか?」と聞かれて困惑することが多い。はて、僕の趣味っていったい何だろうといつも考え込んでしまうのです。そもそも趣味の定義がどういうものなのかをよく理解していないからなのですが、僕なりには、趣味とは仕事の時間以外の余暇等を利用して自分が楽しむために活動しているものと解釈しています。
 
 このサイトの「プロフィール」のページで、僕は自分の趣味を読書、音楽・映画鑑賞、モータースポーツ観戦と紹介しました。
 しかしながら、読書といっても読み漁っているわけではなく興味ある内容の本を見つけたときだけに限られるし、音楽・映画鑑賞もコンサートや映画館に積極的に足を運んでいるわけではなく気が向いたときにCDやDVDを楽しんでいる程度に過ぎない。またモータースポーツ観戦ももっぱらテレビ観戦が多く、サーキットに出向くのはほんの一握りの機会だけです。
 
 ただ、これらに費やしている時間というのは僕にとって楽しいひとときであることはまちがいないですね。
 オリジナルソングのことを「趣味で作った素人作品」と紹介していますが、作詞・作曲することイコール趣味とは考えていません。僕にとって作詞・作曲はあくまでも音楽鑑賞の延長線上のものと位置づけています。物語を書いているのも同様であくまでも読書の延長線上ですね。
 
 つまり、いろいろな音楽を聴いていて僕も作ってみたいなあ、いろいろな本を読んでいて僕も書いてみたいなあと思って始めたものです。だから当然、音楽鑑賞や読書が優先です。作詞・作曲をしたり物語を書いているときはもちろん楽しいですが、そのことだけに没頭したいとは思わないですね。
 
 「あなたは一生の趣味を見つけましたか?」って冗談じゃない。これから先にしたいことが新たに見つかるかもしれないじゃないか。「楽しい人生を送るためには趣味を持つことが必要です」だと?誰が決めたんだ、そんなこと。
 あ、いや、ちょっと興奮してしまいました。(笑)
 ですから、特に趣味はありませんというのも全然問題ないと思います。興味が少しでもあったら何でもやってみたいということの裏返しですよね。好奇心が旺盛で結構なことじゃないですか。
 
 僕も今のところ自分の趣味を読書、音楽・映画鑑賞、モータースポーツ観戦と言っていますが、不変のものだとは思っていません。そのうち写真を撮りたくなるかもしれないし、絵を描きたくなるかもしれない。
 あまり深く考えないで、余暇は好きなことを楽しんでの〜んびりしていたいです。
 じゃ、ギターの練習でもしようかなぁ・・・
 
20070414
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2007.04.14  歌詞の題材選びの方法は?
 
 人生の長い道のりには実にさまざまな出会いと別れがあります。僕がよく通った立ち呑み屋のおやじ(店主)が廃業するにあたって、店内の壁にこんなあいさつ文の紙を貼っていました。
 「出あいと別れだけの為に生きてるって事が人間らしいのかなぁ アバヨ。おやじ」
 (原文のまま)
 名台詞だと思った。胸にグッときましたねえ。
 
 出会いがあれば必ず別れのときがあります。たとえ運命的な出会いで最高の伴侶を得たとしても、永遠に続くなんてことはあり得ないですね。もちろんお互いの気持ちを確かめ合う表現としての「永遠の愛」はあってもいいかな。
 さまざまな出会いと別れの中で、最も強く心に刻まれて忘れられないもののひとつに失恋があります。僕も若い頃にたくさんの失恋を経験しました。その数々の感動した場面や印象深い場面を記憶という心の引き出しに大切にしまっています。
 そしてそれは、何気ない日々の中で追憶の情景となって蘇るのである。
 
 僕が作詞した歌詞のキーワードのひとつがこの「追憶の情景」なのです。何もないゼロの状態から興味のある言葉のみを選んですべて想像で作詞するなどという芸当は僕にはできないですねえ。歌詞の題材選びは、いままでに自分自身が考えたことや思ったこと、あるいは経験した出来事で印象に残ったワン・シーンへの追憶が基本になっています。
 そして、その実際にあったワン・シーンに想像とか願望とかを加えてひとつのドラマを作り上げています。あ、友人の女性の悩みを題材にしたものがありますね。「真夜中のコール・ミー」という曲がそうなのですが、まあ実際にあったことという意味では同じですよね。
 
 恋をしていたときのドキドキ感、失恋をしたときの動揺、将来への希望に満ちていたときの充実感、逆に挫折を経験したときや変わり映えのしない毎日の中での虚脱感、といったように人生山あり谷ありでいろんなことがありますね。
 恋愛の思い出に関しては、男性と女性とでは想いが少し違うようです。男性は辛い失恋を経験してもいつまでも記憶に留めていたいと思う人が大半なのに対して、女性はいやな過去のことは忘れてしまいたいと考えている人が多いと聞いたことがあります。パソコンのファイル保存に例えると、男性が「名前を付けて保存」で女性が「上書き保存」だそうな。(違ってたらスミマセン)
 
 たしかに失恋に限らずいやな思い出を忘れてしまいたいというのはよくわかりますが、それを乗り越えてきたからこそ今の自分があるのではないでしょうか。否定などせずに認めてしまいましょう。堂々と思い出しましょう。
 本題からかなり逸れてしまいました。僕は作詞が相変わらず苦手ですが、「追憶の情景」を掘り起こす作業だと思えば嫌いというわけではないのかも・・・
 
20070316
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2007.03.16  音楽のジャンルって何だろう?
 
 「ジャンルは一応ロックですが、ロックンロール&バラッド、基本形はブルースといったところでしょうか」
 これは、当サイトのトップページで僕のオリジナルソングについて説明した文章の一節です。「一応」とか「基本形は」とかいった曖昧な言葉の連発で、しかも最後に「といったところでしょうか」などと、なんて無責任なのかと思われるような締めくくり方になっていますが、実際のところ自分の音楽がどのジャンルになるのかなんて僕自身がよくわかっていないのです。
 
 ただ、クラシック、ジャズ、ロックといった大分類に分けるとロックになるだろうし、ビート的にはロックンロールに近いのかなと思うし、歌詞では物語的なバラッドの要素を持っているし、コード進行は3コードが中心になっているのでブルースが土台になっているのかなと・・・。ま、そんな具合ですねえ。
 ブルーノートは全く意識していません。何某ブルースといった題名の曲は、歌詞の中で「問いかけ」と「それに対する答え」というブルースによく見られる構成を意識して作りましたけど・・・。
 
 アーティストは既成の型にとらわれず、どんどん自分で新しい音楽を追求していきますから、いくら音楽のジャンルを定義してみても、新しいものがどれにも当てはまらないといったことがいつの時代でも起こってきました。で、また新しいジャンルが作られていく・・・。それは、思想からは何も生まれず出来事(行動)のあとに思想が定義されるという考え方によく似ている。
 ジャズとロックの融合だとかいって名づけられたフュージョンなどがその典型的な例ですね。
 
 細分化されすぎた音楽ジャンルでは、その違いがよくわからないといったものも中にはあります。テクノ系のTrance?Eurobeat?、ダンス系のFunk?HipHop?、最近よく耳にするAlternative?、もうちんぷんかんぷんです。
 「音楽のジャンルなんてどうでもいいじゃないか。とにかく聴いていて心に響けばそれが俺の好きな音楽だあ〜っ」と叫んでいるのは僕だけだろうか。
 
 話を戻そう。まだ漠然としたものなのですが、僕は数ある音楽ジャンルのうちBluesにはとても興味があります。3コード12小節といったシンプルな構成でありながら、バリエーションが無尽蔵に広がるところが魅力的だ。また、歌にしても問いかけに対し答えを求めようとするあたりは、表現方法の原型ではないかと思ったりもします。
 しかしながら、Bluesだけに没頭するつもりは全くありません。やっぱりいろんな音楽を聴いてみたいからです。
 
 何が本題なのかわからなくなってしまいましたが、要するに、僕にとって音楽のジャンルはクラシック、ジャズ、ロックで十分なのだ。
 
20070217
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2007.02.17  イコライザだったのかあ!
 
 音楽を制作している中で、最終段階であるミックス作業が最もむずかしいと僕は感じています。前にも述べたことがありましたが、素人の僕は方法も理論もよくわからないままに、ああでもないこうでもないと言いながら試行錯誤を繰り返しています。
 トラックごとのエフェクト処理をしては試聴する。それを何度も何度も繰り返して自分の思い描いている感じに近づけていく。音源が生演奏ではなくソフトのMIDI音源(VSC3.2)で、編集ソフトのスペックもそんなに高くないですから、元々ベストの仕上がり状態というものがどんなものかわからないままの作業になっていますが、それしか方法が思いつきません。
 
 サイトで配信中のオリジナルソング20曲について、一年ほど前にMIDIのスコア見直しも含めてミックス作業をやり直したことがありました。録音レベルも音量バランスも以前よりは少し良くなってクリアなサウンドに近づいたのですが、まだやや不満が残るものでした。具体的に言うとパート別の音量バランスは悪くないのにアタック感がバラバラ状態だったんです。
 
 そこで最近、ひょんなことからイコライザを使ってないのがその原因ではないかと思うようになりました。ひょんなこと、それはiPod(iTunes)でした。
 実は、iPodを購入してから密かに自分のオリジナルソングのMP3ファイルを入れて聴いてみた。すると、やはりボーカルもギターも少しアタック感が足りない。つまり全体的に音が籠もっているように感じられたんです。
 
 で、iPodの使い方に「イコライザ機能を活用して好みの音で聴く」という項目があったのでこれを試してみました。あらかじめ設定されたセットはどれもバランスが極端なので、手動を選択して自分の曲に合わせていじってみると・・・、何とまあ、いい感じになるではないか。
 「そうかあ、イコライザだったのかあ」
 もう素人ぶりがばればれですね。でも、こんなことに悦びを感じるあたりが素人のかわいいところでもあるのです。(ぬはっ・・・)
 
 今まではトラックごとのエフェクト編集や音量バランス調整しか頭になく、ミックスした後の全体の音質調整、いわゆる周波数バランスなんて一切考えたことがありませんでした。そうとわかればオリジナルソングも全部見直そうってことで、全曲(20曲)をイコライザで調整してみました。
 「うわぁ、だいぶ良くなったわぁ」
 というわけで2006年12月30日、またまたサイトのMP3ファイルをすべて入れ替えました。これでほぼ満足に近い音になっているし、ミックスをいじると際限がないので再アップはこれで終わりにしたいと思っています。
 
 「おいおい、またかよ」って言う方がいらっしゃったら・・・、ごめんなさい。
 
20070120
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2007.01.20  携帯オーディオを買ってしまった!
 
 ケイ・キンは、やっぱり言ってることとしてることがバラバラだと言われそうです。半年ほど前には「携帯オーディオって、どうかなあ?」と言っていたくせに、つい最近、iPod(30GB)を買ってしまったのだ。うわぁ〜い(実は嬉しい?)
 
 僕がiPodを買おうと思ったきっかけは、ある日突然やってきました。同じ職場に勤める後輩が、車のセンターコンソールのソケットにiPodを無造作に差し込んでいるのを見つけたのである。聞くところによれば、FM電波を飛ばして車のラジオで聴くことができるらしい。
 「えっ、そんな使い方ができるの?」と言いながら無知な自分が恥ずかしかったが、「なるほど〜っ!」だったのである。
 
 僕が車に乗るときはFMラジオを聴くときもあるが、大抵は自分の好きなCDを持ち込んで聴いていました。でも、今日は何を聴こうかなと迷いながら何枚かのCDを持ち運びするのがとても面倒くさかった。そのうえ、一度持ち込んでしまうと取り替えるのも煩わしいので、結局同じものを何度も聴いてしまうことに・・・
 それがiPodによっていとも簡単に解決することになりました。iPodにCDの曲を取り込んでしまえば車ではいつでも好きな音楽を聴くことができるし、家ではCDが全部あるから、もちろんいつでも好きなものを聴くことができます。
 もう、言うことなし。(笑)
 
 ただ、iPodに取り込む作業がしんどかったですねえ。正確に言うと楽曲を管理するパソコン用のiTunesというソフトに取り込む作業ですね。ファイルは汎用性の高いMP3を選択しました。ビットレートは128kbps(標準音質)で十分です。(できるだけたくさん取り込みたいという思惑もあったし)
 ガイドブックなどでは、「MP3のビットレート設定は通常160kbps(良音質)か192kbps(高音質)で」と書いてあるのだが、所詮どれも圧縮ファイルである。高級なヘッドホンで聴くのであれば考えものであるが、僕には想定外の使い方だし車のラジオやイヤホンで聴くのであれば音質の違いはそれほど気になりません。いい音で聴きたいのであれば家でCDを聴けばいいだろうし・・・
 
 で、持っているCDをほぼ全部iTunesに取り込んでiPodも同期化させました。容量は大丈夫なのかと不安になったのですが、「えっ、3,000曲ぐらい入れたのに、まだ12GBだと〜っ・・・」という状態です。30GBってすごい容量なんですね。実感しました。
 
 通勤(電車)の時間帯は本を読みたいので今のところiPodを使うつもりがないのですが、せっかく持ってるのに勿体ないですねぇ。
 「うん、たまには使ってみようかな?」
 やっぱりケイ・キンは言ってることとしてること、バラバラやね。
 
20061223
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2006.12.23  男が惚れてしまう、いい男!
 
 俳優、タレント、歌手など、ルックスのいい男性スターを見てキャーキャーとお騒ぎになる女性の皆さんには失礼だが、うーん、あの男のどこがそんなにいいのかねぇと首を傾げることが多い昨今、男の僕から見ても、たしかに彼はカッコいいなぁと思った男がいる。
 福山雅治さんだ。(もちろん私見である)
 
 彼のいい人柄というか好漢ぶりに出会ったのは、何年か前に放送されていた「福山エンヂニヤリング」という深夜のバラエティ番組でした。
 福山雅治さんが工場長で、テリー伊藤さんが従業員というキャスティングのトーク番組でしたが、この番組は面白いなぁと思いましたね。たしか初めて見た日の番組内容は、福山さんが某短大のキャンパスで浜田省吾さんの「もうひとつの土曜日」という歌をいかにして福山だとバレずに最後まで歌うことができるか?というものでしたが、真剣に考えている姿を見て笑っちゃいましたね。
 
 で、顔が隠れるほどの深い帽子をかぶってギターを弾きながら歌い始めたのですが、何のことはない、すぐにバレてしまいました。短大のキャンパスはもう大混乱状態。あはっ・・・
 とにかくこの番組を見てて、彼は少年の心を失わない人なんだなという第一印象を受けました。それから毎週楽しみにしてたけど、番組自体は長続きせず、すぐ終わっちゃったなぁ。(いい番組だったのに・・・)
 
 そして先般、1998年の「LIKE A HURRICANE」というライブツアーのDVDを観る機会があった。写真家のハービー・山口さんが福山雅治のライブツアーに同行するライブ&ドキュメント映像である。ライブ映像の合間にツアー移動中のドキュメント映像が流れるのですが、これが面白い。
 楽屋での会話、リハーサルの様子、移動中の飛行機やバスの中、ドライブインでの食事などなど、普段の福山さんが冗談を言ったりずっこけたりするシーンが盛りだくさんである。彼は飾らない人で、もう自然体そのものですね。
 
 ハービーさんも彼を撮るのがすごく嬉しそうでした。ファインダーを通して彼の素直な人柄が伝わってくるのでしょうね。ハービーさんによると、福山さんは写真を撮られるときはいっさい要求や注文をしないらしい。それを裏付けるように語っていた福山さんの言葉が印象的でした。
 「何に対しても、力んで登場するとだめだね」
 うん、そうかもしれない・・・、人間、構えすぎるとろくなことがないですね。ありのままの自然体がいちばんいいのだと思う。
 ああ、ますます彼のことが好きになってしまいました。応援するぞ。
 
 それにしても、背が高くてハンサムで、いい曲をたくさん作って、しかも歌がうまくて、女性にモテモテで男性からも慕われ愛されているなんて・・・
 うーん・・・、このヤロめ。(笑)
 
20061118
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2006.11.18  悲しいときにこそ音楽を聴く!
 
 沈み行く夕陽を眺めるのが好きである。
 僕が夕陽を意識するようになったのはまだ小さな子供の頃でした。家族で潮干狩りに出かけたとき、海辺の工場の煙突に吸い込まれるように沈んでいく真っ赤な夕陽を見て、早く家に帰りたいと泣いたことがありました。あのときの夕陽は今でもよく憶えています。
 
 燦々と降り注いでいた昼間の陽光とは違って、空を茜色に染めて沈んでいく夕陽はまことに美しく、その壮大な自然の造形美にいつも惹かれてしまいます。でも同時に、まるで力尽きたかのように沈む姿を見て、なぜか寂寥感に襲われてしまうのです。たとえ傍に人がいても精神は孤独になっている。
 そんなとき、僕は思わず心の中でギターを奏で始めるのです。もちろん即興演奏でしかもフレーズはブルース。そのうちベースが加わってドラムがリズムを刻んでいる。夕陽を見て寂しくなった気持ちを音楽で埋めようとしているのかもしれない・・・
 
 人生では楽しいことばかりが続くなんてことはあり得ないですよね。好きな人に思いを告白して振られてしまったとか、大好きだった友人と別れなければならなくなったとか、この世に生きているかぎり様々な悲しみに遭遇します。
 何らかの悲しみに堕ちたとき、僕はいつも好きな音楽を聴いて過ごしました。もちろん聴きながらいろいろな思いが頭をよぎるのですが、心の平静を取り戻すために音楽に助けてもらったような気もするのです。
 
 反対に創作者側にも同じことが言えるかもしれませんね。寂しい思い、悲しい思いをたくさん経験している人の方がいい作品を作っているような気がするのですが考え違いだろうか。
 たとえば僕の好きなエリック・クラプトンも5歳の愛する息子さんを亡くしたときに、名曲「tears in heaven」が生まれています。彼も悲しい出来事だったけれども素直にその事実を認め、愛する心を歌うことによって息子さんの安らかな永眠を祈り、自分自身も悲しみを乗り越えようとしたのではないでしょうか。
 
 人は誰でも人生は楽しい方がいいに決まっている。でも、必ず悲しみや苦しみはいつかやって来ます。それを一つ一つ乗り越えてこそ次の楽しみも倍増するのではないだろうか。
 楽しいときにみんなで乗りのいい音楽で踊るのもいいですが、悲しいときにこそじっくりと音楽を聴くのがいいと僕は思うのです。音楽が悲しみを解決してくれることはありませんが、悲しみを乗り越えるお手伝いをしてくれているのだと信じています。
 僕の場合、音楽の他にお酒も必要なんだけどね・・・(これは余分かな?)
 
 
20061014
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2006.10.14  なぜCDが売れないのだろう?
 
 新聞や雑誌などでCDの売れ行きが悪くなっているという記事を何度も目にします。レコード会社などの音楽業界ではかなり深刻な問題となっているようですね。CDが売れなくなった理由として、邦楽の逆輸入盤が廉価で売られているからどうのこうのと言われているようですが、僕はちょっと違うような気がするんだけどなあ・・・(日本盤CDの価格が高すぎるのはあきらかだが)
 
 僕の場合は好きなアーティスト(邦楽か洋楽かは問わず)のCDが欲しくなったときで、日本盤のCDと輸入盤CDがある場合、たとえ輸入盤の方が半額であったとしても間違いなく日本盤を購入します。理由は単純で、日本語で書かれた解説文や歌詞を読みたいからです。値段が高いか低いかは選択肢にないのである。
 
 また、CDが売れなくなった別の理由として、海賊盤など違法コピーの問題が挙げられていますね。それに対抗する手段としてコピー防止機能の方法が研究されているようですが、これは消費者にとっては大迷惑な話です。レンタルCDをCD-RにコピーあるいはMDにダビングしている人などにとっては大打撃であるし、新品のCDを購入しても個人的にコピーできないのであれば、商品そのものが見向きもされなくなるのではないでしょうか。
 
 パソコンが普及して音楽もネット配信の時代になり、消費者がレコード(CD)ではなく音楽ソフト(ファイル)そのものを求めるようになったからだという意見もありますね。モバイル用であれば圧縮ファイルで十分だと思いますが、真の音楽ファンなら気に入ったアーティストの作品は当然ジャケット付オリジナルCDが欲しいものである。ま、理由のひとつではあるかもしれない。
 
 僕は最近、中古CDを求めることの方が多くなった。もちろん試聴をして絶賛するほどの作品なら別であるが、ちょっと聴いてみようかなあというだけでは値段の高い新品のCDを買う勇気がない。
 で、これはあくまでも僕の個人的な意見ですが、問題の本質はCDが売れないのではなくて、CDが売れるアーティストが少なくなっているところにあるのではないでしょうか。(CDの値段に見合う作品が少なくなったとも言える)
 
 次々と新しいアーティストが出現しているが、真に応援したくなるような魅力的なアーティストがいない。レコード会社の宣伝文句や音楽雑誌の評価を参考にいざ試聴してみても、いつもがっかりさせられている。どれもスタイルばかりが先行していて、楽曲からセンスが感じられないのである。
 
 でも、CDが売れなくなった本当の理由はそんな表面的なことではなくて、もっと深いところにあるような気もしますね。たとえば、今の日本人のほとんどが物質文明に心を侵されて感性が失われてしまっているからとか・・・?
 
20060916
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2006.09.16  おじさんたちが帰ってくる!
 
 自分の音楽作品をたくさんの人に聴いてもらうために個人のホームページを開設している人は、いまのところ圧倒的に若い人が多いですね。しかしながら、あと2〜3年すると年配の人たちのホームページが急増するのではないかという、そんな予感がしています。なぜなら、おじさんたちが帰ってくるからだ。
 
 おじさんたちって、誰のことなのか?
 それは、団塊の世代と呼ばれる、戦後のベビーブームの時代に生まれた人たちのことです。そのおじさんたちの青春時代にベンチャーズやビートルズが流行りました。そして、それに憧れたたくさんの若者がギターを手に入れ、数多くのロックバンドやフォークグループができたようです。
 そのころ僕はまだ小学生でしたが、ロングヘアーにジーンズ姿のギターケースを抱えたお兄ちゃんたちを街や公園でよく見かけました。
 
 でも、スターダムにのし上がるのはほんの一握りの人たちだけでしたから、大半の人は音楽の才能やセンスがありながらもスターになる夢をあきらめて、家族を養うために高度成長期の企業戦士となって働くことを選び、不完全燃焼のまま音楽シーンから遠ざかることになってしまったのではないでしょうか。
 
 ところが、そのおじさんたちが続々と定年を迎え、自分の時間を取り戻すときがやってきたのです。そして、定年という第二の人生の出発点に立ったいまでも、当時の夢を忘れているはずがない。
 「よし、もう一度チャレンジしてみないか?」と言って、再びバンドを結成するおじさんたちが日本中のあちこちに絶対いらっしゃるはずだ。
 
 いまの若い人たちも油断はできません。団塊の世代というのは人口がすごく多く底辺も広いので実力のある人がいっぱいいるし、しかも人生経験が豊富なので表現力は間違いなく若い人に勝るだろう。
 ライブハウスやインターネットの世界で数多くのおじさんたちが登場するのも、もはや時間の問題ではないかと僕は思っています。(すでに始まっている?)
 若い人たちにとっては手強いライバルの出現かもしれませんね。
 
 実を言うと僕は、おじさんたちの再登場には密かな期待を寄せています。いま流行りの音楽はビジュアル的なものが多く、うまく言えないけど、昔に感じたレコードに針を置く瞬間のあのドキドキ感みたいなものがない。おじさんバンドならビジュアル系はまずないだろうし(笑)、音楽そのもので勝負するはず。それに、僕の好みの音楽もたくさん聴けるようになるのではないかと思うのです。
 
 「うん?ちょっと待てよ。おじさん、おじさんって連発したけど・・・、もしかして、俺ももうおじさん?」
 いや、まだお兄さんに違いない・・・(拳)
 
20060812
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2006.08.12  プロの録音風景を観て、感動した!
 
 SION & 森重樹一の「場所 -Studio Live & Documentary-」というタイトルのDVDを観ました。このDVDはプロモーションビデオでもライブ映像のビデオでもなく、アーティストの録音風景を撮影したドキュメンタリービデオです。
 ドラムやベースといったビート系のパートは無く、アコースティックギターと二人のボーカルだけのシンプルな構成ではあるが、素人がなかなか見ることのできない貴重な映像だなという印象を受けました。
 
 僕はSIONというアーティストが好きだ。彼の作る歌に、ものすごく愛情というか優しさを感じる。詞を読んでいて胸にジーンとくるものがありますね。日々暮らしている中で感じるやるせない気持ちややりきれない気持ちなんかを巧く詞に表現していると思います。
 結局行き着く先は、「俺は俺でしかない、ありのままでいい」と、そんな感じかな?
 
 さて、DVDを観て感じたことですが、ドキュメンタリーにはブルース曲がよく似合いますねぇ。二人が新幹線で京都に移動するときに流れるBGM、松田文さんのスライドギターがとてもかっこいい。
 それと、僕は初めて森重樹一という人を知ったのですが、人柄もよさそうで好感が持てますね。彼がいろいろと語るシーンを見てそう感じました。SIONが一緒にやろうと思ったのも、なんとなく頷ける。
 
 そのあと、次々とスタジオでの録音シーンが続くのですが、ボーカルの録音といえども何度も何度もテイクを録っていくのですね。僕はずうっと一発録りだと思っていました。ボーカル二人のハモる曲だとバランスも大事ですから、なおさら多くのテイクを録ることになるのかもしれない・・・
 そして、スタッフとともに一体となって、息が合ってはじめていいものができるのだということが、観ている側にもひしひしと伝わってきます。制作中のみんなの顔、とてもいい顔をしていますね。それに、楽しそうだ。
 
 歌というものは、ただ単に音符どおり歌えばいいってものじゃないのもよくわかりました。やっぱりプロの人たちって、歌い方が全然違いますねぇ。
 これからの僕の歌にも影響するかもしれない。(いや、逆にますます自信が無くなってしまいました)
 
 DVDではSIONと森重樹一が普通の居酒屋で楽しんでいる光景も収められていますが、こういった映像も新鮮でなかなかいい。また、レコーディングが終わった後の打上げで、コロナビールで乾杯するあたりは「一仕事終えたぞ〜っ!」って感じで、思わず僕も一緒に乾杯したい気分になりました。
 
 実はケイ・キンもコロナビール、大好きなんです。ぬははっ(笑)
 
20060715
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2006.07.15  どんなギターを持っているのか?
 
 20歳前のころ、中学生のときに親に買ってもらったヤマハのフォークギターを、アルバイト先の社員の方に廉価で譲ってしまいました。その人の弟がギターを欲しがっているという話を聞いて、僕はあまりギターを弾かなくなっていたし、「じゃあ、僕のを譲ってあげましょうか?」という感じで・・・。
 ギターを譲ってしまったこと、とても後悔しています。手放さずにずっと弾き続けていれば、今頃はすごくいい音が出るギターになっていたかもしれない。
 
 それから何年か経ったある日、同じ職場の先輩が「フォークギターがあるんだけど、いらないか?」と言うので、ただで貰いました。通信販売で購入したトムソンのギターらしい。このロゴが面白い。「Tomson」って書いてあるのだが、Tの文字がGみたいに見えて、次のoという文字の左の線は細く、mのいちばん左の縦線がなぜか長く、真ん中の線はやたら細い。何のことはない、ブランドの「Gibson」のロゴのデザインに似せてあるんです。
 「ただで貰ったものだし、まっ、いいか」
 
 しかしながら、お世辞にもいい音だとは言えなかった。1オクターブ上のフレットではチューニングが合わなくなるし・・・。それでも贅沢は言わず、ずっとそのギターを愛用していましたね。ときどきしか弾かなかったですけど・・・。
 
 そんな僕が、趣味の範囲でいいからギターを弾き続けようと真剣に思ったのは、35〜6歳のころでした。その頃に買ったのがモーリスの「トルネード Z2」というエレアコのギターです。トムソンのギターは処分しました。ネックも反りまくっていたし、とても人に譲れる代物ではない。
 モーリスのギターはよく弾きましたねぇ。いまでもこのギターを作曲用に使っています。しかも、チョーキングがしやすいようにエレキ用の弦を張って・・・。
 
 次に、ブルースに憧れてフェンダージャパンのストラトキャスターを買いました。ゴールドのボディにローズウッドの指板が美しい。これはギター屋さんで全く同じ型の中古と新品とがあって、試しに弾いてみたら中古の方がいい音がしたのでそちらを買いました。CDを聴きながら、このギターで演奏に参加しています。(笑)
 
 そして2年ほど前、憧れのマーチン(OOO-28EC)を買いました。いわゆる「一生もの」が欲しかったんです。本当にいい音がします。
 このギターは主に弾き語り用に使っていて、将来はフィンガーピッキングで自由自在にブルースが弾けるようになりたいですねぇ。
 
 というわけで現在、アコギ・エレアコ・エレキを一本ずつの、3本のギターを持っています。どのギターもみんな愛着があって、それぞれに「可愛い〜っ♪」です。

20060616
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2006.06.16  携帯オーディオって、どうかなあ?
 
 街の中を歩いているときや電車に乗っているときなどに、さりげなくイヤホンをして音楽を楽しんでいる人をよく見かけます。iPodやウォークマンといった携帯オーディオのことです。
 最近の機種はハードディスクが内臓されているので、カセットテープやCD・MDなどのディスクを併せて持つ必要が無くなり、また本体のサイズもコンパクトになったので、以前よりは手軽に持ち歩くことができるようになりました。
 さらに、連続再生時間が大幅に長くなり、音質もかなり進歩し、圧縮形式のファイルで保存するので非常にたくさんの曲を取り込むことができます。デザインもおしゃれでなかなか美しい。
 いいことずくめですねぇ。
 
 僕も、いつでもどこでも音楽を気軽に楽しむことができるということに魅力を感じて、電器屋さんでもらったカタログや、雑誌の特集記事などを眺めては、「欲しいなあ。どの機種がいいのかなあ」と呟いたものです。
 しかしながら、心の中にいるもうひとりの僕が囁いています。
 「持たない方がいいんじゃない?」
 どうも、欲しいという気持ちと要らないという気持ちが闘っているようだ。
 
 人間の持つ感覚には、見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れる、の五つの感覚がありますね。いわゆる五感と呼ばれるものです。普段の何気ない生活でも、絶えずいずれかを感じながら暮らしています。なかでも、外出するときなどは五感のうち、見る・聞く、の感覚が重要ですね。
 道行く人々や同じ電車に乗り合わせた人々とのさりげないコミュニケーション、カフェやレストランでのBGMや人々の会話、公園や街路樹などの木々の緑や風の囁き、見るもの聞くもの、どれもが新しい出会いですね。
 
 このように、外出したときはたくさんの新しい出会いが待っています。その出会いの中でまた新しい自分を発見することもあるだろう。だから、携帯オーディオのイヤホンで新しい出会いの入口である耳を塞いでしまうのが勿体ないと思うようになりました。
 それに僕は昔から音楽などを聞きながら何かをするというのが苦手でした。友人たちはよく深夜ラジオを聞きながら勉強したと言いますが、僕にはできなかった。聞くのではなくて、聴いてしまうんですよね。真剣に・・・
 
 と言いながら、いつでも好きな音楽を聴ける魅力も捨てがたいですね。近い将来、どこかのカフェで携帯オーディオに耳を傾けながら雑誌を読んでいる僕がいるかもしれない。そして、みんなにこう言われるだろうな。
 「おまえ、言ってることとしてること、バラバラじゃない?」
 
20060513
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2006.05.13  憧れのギター、マーチン!
 
 僕のような者が持つギターじゃないって、ずっと思い続けていました。それは、ギターを弾く人なら誰でも知っている超有名ブランド「マーチン」のアコースティックギターのことです。MTVのアンプラグドに出演したエリック・クラプトンが「マーチン」をさりげなく抱えて歌っている映像を観ても、「マーチン」というギターはああいう人のために作られたものなんだと納得していました。いや、納得なんかじゃない、もう固定観念ですね。
 
 なぜ僕が持っちゃいけないと思っていたかというと、その理由は単純だ。「マーチン」に悪いからである。全然上達もしていない僕では弾きこなせないし、「マーチン」の能力を十分生かすことができない。つまり、宝の持ち腐れになってしまうんじゃないかという不安がずっとありましたね。
 逆に言うと、ギターの上級者になって初めて「マーチン」を持つ資格ができるんじゃないかと・・・。
 
 ところが、である。2年ほど前、楽器店で起こったある日の出来事と書店で出会った一冊の本が、僕の心をついに動かしたのです。
 
 僕が楽器店でギターの弦を買っていたとき、すぐ横にハードケースに収まったギターが運ばれてきました。若い女性が初めてギターを手にしたらしい。そのケースの蓋が開けられたとき、僕の心臓が破裂しそうになりました。
 「マーチンじゃないか。えーっ、そんなに簡単に買っていいのか?」
 ショックだった。憧れ続けたマーチンを初心者の若い女性がいとも簡単に買っていく。この瞬間、僕の固定観念がもろくも崩れ去ったのです。
 そのとき思いました。(ようし、俺も買おうかな?)
 
 ちょうど同じころ、書店の新刊コーナーで一冊の本が目に入りました。それは「僕のマーチン君」(竢o版社 著者:田村十七男)という題名の文庫本だったのですが、パラパラとめくってすぐ購入する気になった。なぜなら、その本にはなんと、僕と全く同じ思いが書かれていたからです。
 ギターが好きで、「マーチン」に思いを馳せている人には、絶対お薦めの本だと思います。内容が専門的でないところがなかなかいい。ギターとの出会い、「マーチン」への思い、「マーチン」を手にしたときの感動話など著者の気持ちが伝わってきて、読んでいてとても楽しいです。
 この本を読んで、なおさら思った。(ようし、俺も絶対に買うぞ!)
 
 というわけで、憧れのギター「マーチン」をとうとう購入しました。モデルはOOO-28ECです。エリック・クラプトンのサインロゴがすごくかっこいい。
 で、弾いてみた。
 「きゃほ〜っ、すげえいい音〜っ・・・ルン♪」
 
20060415
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2006.04.15  二曲を追うものは一曲をも得ず!
 
 人はそれぞれ感情表現こそ違え、喜怒哀楽の間を彷徨いながら日々を暮らしています。長い人生、楽しいときもあれば哀しいときもあるでしょう。同じように聴きたい音楽というものも、そのときの心のコンディションによっていろいろ変わってきます。
 ものすごくいいことがあってハッピーな気分のとき、悩み事や心配事があってブルーな気分のとき、テンションが低くなってボーっとしている無気力状態のとき、などなど・・・。
 
 さて、僕の作曲活動ですが、自分のオリジナル曲を作ろうと思い立ったときは、とりあえず10曲入りのCDを2枚作ることが目標でした。そして、コツコツと作曲を続けて2003年10月に全20曲が完成しました。ところが今は、その頃に比べて非常にスローなペースになっています。(どころか、ほぼ停滞状態)
 20曲が完成した後はホームページを作成することにまず専念し、また2年間ほど地域的なある社会活動に参加していたこともあって、自由になる時間が大幅に減ってしまったので、しばらく作曲活動から遠ざかっていました。
 
 それで昨年の夏ごろからだったと思うけど、少しずつではありますが作曲活動を再開しています。そこで、限りある時間を有効に使おうと思い、違うタイプの曲を3〜4曲同時進行で作曲することを試みました。前述のとおり、聴きたい音楽が気分によって変わるのと同じように、メロディやフレーズも気分によっていろいろ思い浮かぶのではないかと考えたからです。
 
 ところが、実際にやってみると集中力がまったく無くなり、全然はかどらなくなってしまいました。「やっぱり間違っているな」と思いましたね。何でもそうだと思いますけど、一度にたくさんのことをしようとすると全てが中途半端になってしまう。まさに「二兎を追うものは一兎をも得ず」の心境だ。
 まっ、単に僕が不器用なだけかもしれないですけど・・・。
 
 他の人たちが次々に「新曲です」って、発表されているのを見るとすごいなあと思いますねぇ。でも僕は僕のペースでやるのだ〜っ。
 そこで、どこかのサイトである人が言っていた言葉を思い出しました。「趣味を長続きさせる秘訣はなんですか?」の問いに対する答えが「急がず、焦らず、頑張らず」だって。
 目からうろこじゃないけれど、いい言葉だと思いましたねぇ。
 
 スローペースではありますが、これからもコツコツと作曲を続けたいと思っています。欲張らずに一つずつ、一つずつ・・・。
 ただ最近、のどの調子が悪くて、声がだんだんかすれてきました。
 「やばい、大事にしないと・・・」
 
20060318
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2006.03.18  酒と泪と、音楽と・・・!
 
 あまり他人には言えないことだが、僕は非常に涙もろい。映画やテレビドラマを観ていて、感動のあまりつい泣いてしまうことが多々あります。だから映画を観るにしても、映画館の大スクリーンで観るのが最高であると認めつつも、家で真夜中に誰にも邪魔されずに涙腺を開きっぱなしにして一人きりで観る方が好きである。涙に濡れた顔を誰にも見られないで済むから・・・。
 
 映画やドラマはストーリーがあって音声や音楽とともに映像として目に入るので、共鳴するものがあれば感動を憶えやすい。そして主人公の気持ちを代弁するかのように涙が出ることもたまにあります。もちろん俳優の演技力も大きな要素のひとつではあるが・・・。
 じゃあ、音楽ではどうだろうか。旋律の美しさに感動することはあっても、聴いていて涙が出るようなことが起こり得るのだろうか。
 
 自分の記憶をたどっていくと、音楽を聴いていて気がついたら涙が出ていたという経験が今までに2度ありましたねぇ。
 どの曲だったかというと、ジョージ・ハリスンの「サー・フランキー・クリスプのバラード」(アルバム:ALL THINGS MUST PASS)と日野皓正の「SWEET LOVE OF MINE」(アルバム:BLUESTRUCK)、の2曲です。
 
 で、久しぶりに聴いてみた。うむ、やっぱりいい曲だなあ・・・うっとり。でも涙は出ませんでした。
 「あれ、何故だろう?」
 
 そこでよく思い出してみたのですが、聴いている曲そのものだけが泣いてしまった要因ではなかったような気がします。何か悲しみに打ちひしがれる出来事があって、気を紛らせるために音楽を聴いていたのだが、その哀しげなメロディがかえって感情を増幅させてしまい、つい涙が出てしまったのでは・・・。
 つまり、自分の身に起こった出来事がストーリーであり、心の中で台詞を呟き、聴いていた曲がそのときの感情に溶け合うようなBGMの役割を果たしたのだと言えようか。そう、まるで映画のワンシーンであるかのように・・・。
 
 それと、僕は焼酎の「ロック」を軽く飲みながら映画を観たり音楽を聴いたりするのが好きである。冬の寒い日は「お湯割り」のときもありますが・・・。もちろん飲みすぎはいけません。ほろ酔いぐらいがちょうどいい。
 僕にとってお酒は自分をいちばん素直にさせる絶好のアイテムなんです。好きなお酒を飲みながら音楽に浸っているとき、本当に幸せだなぁと思う。
 
 こんなふうに、僕はこれからもずうっとセンチメンタリストであり続けたいです。
 「酒と泪と、音楽と・・・そして、わが人生に乾杯!」 
 
20060219
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2006.02.19  ミックス作業は迷路なのか?
 
 以前から、自分のオリジナル曲の仕上がり(ミックス)に釈然としないものを感じていましたが、音楽コミュニティーサイトの「MUZIE」に曲を登録してから、ミックス作業のどこかが根本的に間違っているなぁと確信しました。
 他の人の曲と聴き比べてみて何故こんなにも違うのか。音色は悪くないのだが、ひとつひとつの音がクリアでなく分散してしまっているし、ボーカルと伴奏との音量バランスも悪いし、残響音がやたらと多すぎてうるさく感じられる。要するに耳障りなのである。
 
 自分の曲だけを続けて聴いているときはそれほど気にも留めていなかったのですが、他の人の曲を聴いてから自分の曲を聴くとすごく違和感がある。ということは、もし僕の曲をダウンロードされた方がいたら同じように不快感を覚えていらっしゃるはずだ・・・。
 「まずい。やっぱり何とかしないと・・・」
 
 今までを振り返って原因を探っていると、いくつか思い当たるふしがある。ギターとベースのトラックをステレオにしてしまったこと。MIDIトラックにエフェクターをかけたままにしていること。重厚サウンドを求めすぎたせいかスコア自体に音数が多すぎることなどである。
 先駆者の方の意見には耳を傾けるべきだということがよく分かりました。そこで、すべての曲についてスコアの見直しを行い、もういちど最初からミックス作業をやり直すことにしました。
 
 それにしてもミックスというのは大変むずかしく困難な作業です。僕の場合は方法も理論もよく分からないままに、ただ試行錯誤を繰り返しているばかりです。そう、まるで迷路の中をさまよっているかのように・・・。(たぶん出口は永遠に見つからないだろう)
 その道のプロがいるというのもよく理解できる。やはり餅は餅屋ですねぇ。
 
 というわけで、ああでもないこうでもないといろいろ試しながら、すべての曲のリミックスバージョンを完成させました。そして、まず「MUZIE」に登録した曲を先行で再アップロードさせ、そのあと当サイトのMP3、RA、WMAのファイルも全部入れ替えました。
 僕自身の感想としては、音色にやや不満が残るもののクリアなサウンドになっているし、全体としての音量バランスも良くなっていて以前よりたいへん聴きやすくなっていると思います。
 
 いままでにMP3ファイルをダウンロードされた方には非常に申し訳なく思っています。みなさんに楽しんでいただきたく最善を尽くしますので、これからも温かく見守ってやってください。
 
20060114
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2006.01.14  音楽サイトの探検は楽しい!
 
 個人のホームページでオリジナルソングを公開しているアマチュアミュージシャンの方のサイトがたくさんあります。僕も時々ではあるが、いろいろなサイトを訪れてはオリジナル曲を聴かせてもらっています。一人のリスナーとして、埋もれているいい曲に出会うのが楽しみのひとつになってきた。
 最近のプロの音楽業界に不満を感じているわけではありません。ただ世の中はたしかに広く、若い人から年配の方まで様々の人が曲を作り、歌い、音楽を楽しんでいるのも事実です。そんな中にもきっと素晴らしい曲があるに違いない・・・。
 
 と思っているのですが、なかなか簡単に巡り会えるものではないですねぇ。僕は音楽のカテゴリーとかジャンルにはあまりこだわらない方だと自分では思っているのだが、ブルース系のロックが好きである。純然たるブルースもOKだ。(何のことはない、実はこだわっている)
 オリジナル音楽を制作している人の中で、ブルース系を取り上げる人が少ないように思うのは僕の気のせいだろうか。
 
 さて、音楽サイトを訪問していてオリジナルソングにも様々なスタイルがあるんだなと思いました。バンド活動をしている人たちのライブ音源、あるいはスタジオ録音の曲。ピアノやギターを演奏しながら歌う、いわゆる弾き語りの曲。自分の得意な楽器は自ら演奏し、他のパートはDTMで補う曲。複数の楽器(ギター、ベース、ドラムなど)を自分で演奏し、歌とミックスする多重録音の曲。僕と同じように生は歌のみで、伴奏はすべてDTMの曲・・・。
 
 で、実際に聴いてみていちばんいいと感じたのは、やっぱり生演奏を録音したものですね。もちろん歌はあった方がいい。音楽というものはどんなジャンルであれ演奏をしなきゃ話にならないなと思いました。僕もMIDIで実際に演奏しているような感じに打ち込んでいるつもりなのだが、どうしても限界というものがあります。何てたって、響きというか空気そのものが全然違いますよねぇ。
 でも僕は僕でいいのである。(無理やり納得・・・)
 
 僕の「いい曲だな」と思う基準は、制作スタイルや音楽カテゴリーに関係なく聴いていて気持ちがいいか悪いかの違いだけです。(単純です・・・)それと、オリジナルソングの詞を読んでいると制作した人の性格や人柄、もっと言えば人生観が滲み出ていて面白いですねぇ。新しい出会いが楽しみです。
 
 でも、僕にはそんなにたっぷり時間があるわけでもないしなぁ。映画も観たいし、音楽CDも聴きたいし、本も読みたいし、ギターも練習したいし、オリジナル曲も作りたいし、で、いろんな音楽サイトも探検してみたい。
 「ああ、忙しっ・・・」
 
20051217
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2005.12.17  詞よ、空から降ってくれ〜っ!
 
 移り行く季節を感じながら街の中を歩いているとき、電車に乗って車窓の風景を眺めているとき、お風呂に入って一日の疲れを癒しているときなど、一人でいるときは絶えず体の中から音楽が湧き出てきます。そう、まるで空から降ってくるかのように・・・。
 ただ悲しいかな、瞬間的にいいフレーズだなと思ってもその場で記録する術がない。次々とアイデアは生まれるのだが、すぐに過ぎ去ってしまうのだ。
 もどかしい・・・。
 
 ところで、僕は先に作曲をしてから詞を乗せるという、いわゆる曲先の方法で音楽を制作しているのですが、詞がなかなか思うように作れない。
 作詞が苦手だっていうのは前にも書いたことがありますが、曲のように空から降ってくれないんです。もう、考えて、考えて、唸ってまた考えて・・・。
 ああ、才能が欲しい・・・。
 
 僕が詞を作るときに方法というものは何もありません。主題や情景は作曲しているときにある程度イメージができていますから、あとはイメージを損なわないよう思いつくままに言葉を選んでいくだけです。そして、できあがった詞を読んでみては、修正、修正、また修正・・・。
 要は、自分が伝えたい、訴えたいと思うことが表れているかどうか、また聴いて理解できる言葉を選んでいるかが肝心だと思っています。
 
 今までに作った詞を振り返ってみると、英語はあまり使ってませんねぇ。若い頃は洋楽をよく聴いていましたが、歌詞なんかどうでもいいじゃないかと思っていてそんなに意識していませんでした。でも、自分が制作する側になると考え方が少し変わってきましたね。
 
 直訳的な英語はわかっていても、どんな気分のときにどの表現を使うのかがわからないし、喋ることができないから歌うときの発音にも自信がないので、安易に使わない方がいいなと思いました。日本語化しているカタカナ英語の類は構わないと思いますけど・・・。
 
 それと、実際に作詞をしていて日本語って美しい言葉だなと思いました。ただ発音が一語一語はっきりしているので、メロディーに合わせづらいところもあります。やはりロックのリズムには英語の方がよく似合うのかも・・・。
 でも、僕は英語を多用しないことにこだわりました。歌詞を読むだけでも思っていることがある程度伝わるように仕上げたいからです。
 
 ところが、その思いを伝えるべくいい言葉がなかなか浮かんでこない。誰か代わりに作ってくれないかな・・・。いや、やっぱり自分で何とか作ろう。
 「お願いだ。詞よ、空から降ってくれ〜っ」
 
20051115
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2005.11.15  たまには映画音楽を聴くのもいい!
 
 昔、「太陽がいっぱい」という映画音楽をよく聴きました。ギターとエレクトーンのハーモニーが素晴らしく、目を閉じて聴いていると、燦々と降り注ぐ太陽の下で、大海原をボートで漂流するアラン・ドロンの姿が蘇ってきます。
 映画音楽には、単なる伴奏的なものではなく映画のワンシーンをとてつもなく大きなスケールにする力がある。映画における音楽の役割って、凄いんだなと思いました。そのときから、映画を観るときはバックに流れる音楽も意識するようになりましたねぇ。
 
 映画音楽のLPレコードは何枚かありますが、CDは購入したことがないです。特に最近ではDVDで気軽に映画を鑑賞することができるようになったので、以前のように映画音楽だけを聴いて楽しむというのが少なくなってきた。
 それでもたまに、ふと聴きたくなるときがあるのは何故だろう。しかも、名曲が多かったからか、思い出として心に深く残っているからなのかは判らないが、昔の古いレコードを聴きたくなるのです。
 「鉄道員」とか「ブーべの恋人」とかいった曲もよかったなぁ・・・。
 
 有名な曲に「禁じられた遊び」というのがありますが、これを初めて聴いたときは本当に美しい曲だと思いました。曲の途中でキーがEマイナーからメジャーに転調するところがなかなかいいですね。僕のギター練習曲のレパートリーの1つにもなっています。(完璧に弾けるとは言い難いのだが・・・)
 
 とまあ、このように時々、いや、たまに映画音楽をレコードで聴いて楽しんでいたのですが、十年ほど前にレコード針が折れてしまったことがある。日立のダイヤモンド針「DS-ST30」です。(プレーヤーは「Lo-D」です。古っ・・・)
 「げぇーっ、どうしよう!・・・」と言っても交換するしかない。ところが、である。電器屋さんに行って問い合わせたら、そのレコード針はもう生産されていませんと言われてしまった。(ううっ、ショック〜っ!)
 
 この話を会社の同僚にしてみたところ「知り合いの店で聞いてみようか?」ってことになって、はるばるその店に行って相談してみました。少し時間をくれないかとのことで何日か待っていたら、なんと嬉しいことに朗報が・・・。
 遠い他県にある某店の在庫にあったらしい。
 「よかった〜っ、ありがとうございました」(涙と感謝)
 
 聞くところによると、「Lo-D」が倒産してから、しばらくの間はオーディオ・テクニカが引き継いでいたのだが、「DS-ST30」の生産はとっくに終了していたらしい。なるほど取り寄せてもらった針もオーディオ・テクニカ製だ。
 「ああ、これでまたレコードを聴くことができる」
 というわけで、今もたまにですが、古い映画音楽を聴いて楽しんでいます。
 
20051020
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2005.10.20  アルバムの片隅にある名曲!
 
 僕はシングルレコード(またはCD)というものをあまり買ったことがない。シングルレコードが特に嫌いというわけではなくて、どちらかと言えばアルバムを聴く方が好きだということですね。
 それにしても、今から思えば昔のレコードって値段が高かったなあ・・・。シングル(EP)で500円から700円ぐらい、アルバム(LP)で2,500円から2,800円ぐらいだったでしょうか。今のCDアルバムは高くて3,000円ですが、最高で74分は収録できますから、LPレコードの46分(片面23分)しか入らないことを考えても、うーん、やっぱり高かったですねぇ。
 
 あっ、いや、そんなことを言おうとしたんじゃないな。
 昔から漠然と思い続けていることなんですが、僕は俗に言うヒット曲というものがあまり好きじゃない。と言うよりも、ヒット曲が必ずしもいい曲だとは思えないってことかな・・・。
 ヒット曲というのは、大抵シングル盤のA面の曲から生まれることが多かったように思う。もともとヒット狙いのシングルで出された曲なのか、アルバムの中からシングルカットされた曲なのかはどうでもいいとして、シングル盤はとにかくこれを聴けっていう押し付けがましい感じがするので嫌でした。
 
 まあ、人それぞれ好みは違うわけだし、僕がどうこう言う問題ではないかもしれないが、「アルバムを聴くと他にたくさんいい曲があるのになぁ・・・」と、いつも思ってしまう。
 あっ、そうか。アルバムを聴こうとする前に、その人がどんなジャンルのどんな歌を歌っているのかを知るには、テレビでもラジオでもいいから、まずシングル曲を聴いてみないとわからないってことも言えるなぁ。
 うーん、自分でも何を言っているのかわからなくなってきました。
 
 ただひとつ言えるのは、曲がヒットするかしないかはプロモーターの宣伝力の違いが影響しているのは間違いないと思う。それと、テレビドラマの主題歌なんかはよくヒットしますよねぇ。要するに、たくさんの人に聴かせる機会が多いか少ないかの差かもしれません。
 
 最近ではどこのCDショップでも、必ずアルバムが試聴できるコーナーが設けられています。あれはなかなかいいですね。僕の希望としては、新作だけでもいいから、すべてのアルバムを公平に試聴できるようにしてほしいんですけど・・・。(次々と知らないアーティストが出現するので・・・)
 
 僕はこれからも、世間でいうランキングには惑わされないで、本当のいい曲を探し求めていきたいですね。
 そう、あくまでも自分にとっての名曲探しを・・・。
 
20050924
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2005.09.24  DTMにはヘッドホンが必要だ!
 
 愛用していたヘッドホンがご機嫌斜めである。
 「俺、何か悪いことした?扱い方に問題が?」
 もちろん返事などしてくれませんが・・・、ボリュームを上げると少し音が割れるようになってきた。もう何年も使ってきたSONYの「MDR-CD770」というヘッドホンです。そう言えばパッドもぼろぼろ・・・。
 記憶は定かでないが、リスニングはもちろんモニターとしてもOKってことが書いてあったような、ないような・・・。とにかく、かなり音を拾えるので曲作り(DTM)を始めてからも重宝してたのですが、うーん残念。
 
 僕は自由になる僅かな時間を利用して、こつこつと曲作りをしていますが、それは大抵、夜の時間帯が多い。ですから、スピーカーから直に音を出すことは到底できようもなく、どうしてもヘッドホンが必要になってきます。しかも、エフェクターをかける前のMIDI音源の音はとても繊細なので、できるだけ正確に再生してくれるヘッドホンでなければならない。
 
 ヘッドホンにもいろいろ種類があるようですね。規格とか性能とかいった面はよくわからないですけど、僕も用途によっていろいろ使い分けています。
 ステレオのアンプを通してDVDやCDなどの音楽を聴くときは、パイオニアの「SE-M870」を使っています。「遮音性に優れ、原音をディテールまで忠実に再現します」というキャッチフレーズにつられて買ったものです。
 また、夜遅くテレビを観るときは、オーディオ・テクニカの「ATH-T2TV」を使っています。コードが5mと長く、しかもコードの途中にボリュームスイッチとメイン・サブ・ステレオの切り替えスイッチが付いているので、便利だなあと思って買ったものです。何だか、あまり深く考えないで買ったものばかりですねぇ。
 良し悪しはわかりません。何せ比較するものがないですから・・・。
 
 で、これらのヘッドホンをDTMに使えるかどうか試したのですが、全然話になりません。やっぱり違うんですねぇ。
 「仕方がない、新しいのを買おう」
 そこで、インターネットでいろいろ調べてみたのですが、やはり人の意見はバラバラでした。共通して絶賛されているのは「MDR-CD900ST」でしたね。でも、モニターとしては抜群だがリスニングには向いていないらしい。
 そして見つけたのが、「MDR-Z900なら、モニターとしてもリスニングとしても申し分がないです。」という意見。僕はこの言葉に乗った。SONYにこだわっているのは、他社のヘッドホンだと今までの感覚が狂ってしまうんじゃないかと不安に思ったからです。
 
 と言うわけで、「MDR-Z900」をさっそく購入〜っ。前の「MDR-CD770」よりも若干マイルドに感じるが、なかなかいい。とても気に入った。
 「これにて、一件落着」
 
20050831
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2005.08.31  ステージは、とても怖かった!
 
[続き] 
(初めから読む)
 高校2年の文化祭で、バンドを組んでステージに立つことになった僕は、まずベースギターを調達しなきゃってことで、中学校のときの同級生に「当分の間、貸してくれないか。」って頼んで借りてきました。そして、みんなで選曲をして練習。メンバーはボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードの5人。
 
 曲はディープ・パープルやキャロルなどの曲から選びました。あっ、“ひみつのアッコちゃん”のエンディング曲も演りましたね。で、どうやって練習するかというと、エントリー曲をカセットテープに録音して、全部耳コピ。そりゃあもう、テープが擦り切れるんじゃないかと思うくらいやりました。何せ、楽譜なんてなかったから・・・。
 このように各自のパートを自分で練習して、集まっては音あわせ。心配していたよりは意外とスムーズでしたね。
 
 今になって思えば、このときの経験が現在の曲作りに役立っています。まず、曲を聴くときにパート別のフレーズを意識するようになったこと、ドラムも時々触っていたので両手・両足のそれぞれの役割がある程度わかったこと、そしてベースを弾いていてコード進行とフレーズの重要さを知ったことetc・・・。ひとりでギターを弾くだけでは知ることのできない世界でした。
 
 そして、いよいよ本番の日、もうすぐ出番だということで舞台の袖のところで待機していたとき、それはやってきました。
 膝がガクガク震えて止まらないんです。そのうち、からだ全体が震えだしてきて、自分の心臓の音しか聞こえなくなった。
 「怖い・・・」本当にそう思った。とにかく深呼吸しましたね。みんなに悟られないように・・・。あのときの感覚、今でもはっきりと憶えています。
 前の出演者の幕が下りて、楽器やアンプのセッティングを始めたときにようやく落ち着きを取り戻して、逆に「もう、やるしかない」ってことで、自分のボルテージを高めていたのには少し驚いたけれど・・・。
 
 幕が上がるともう別世界、緊張感なんてどこへやら・・・。と、言いたいところだが、また別の怖さが襲ってきた。「ところで、うまくいっているのか?」
 なぜかって言うと、演奏しているときに他の人の音がよく聞こえなかったんです。モニタースピーカーとかも無かったし・・・。聴いている人の反応もいまいちよくわからない。すごく心配になってきた。すべての演奏が終わったとき、とりあえずは盛大な拍手をもらったけど・・・。
 
 舞台から降りて外に出たとき、聴いてくれていた友人達が駆け寄ってきて「すごく良かったぜ」って言ってくれたときに、初めてホッとしました。
 いやぁ、ステージって本当に怖い所だと思いましたねぇ。
 3年のときは少し余裕だったけど、怖さはやっぱり変わらなかったなぁ・・・。
 
20050813
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2005.08.13  懐かしのオン・ステージ!
 
 古い写真を整理していたら、高校生のときの写真が出てきました。もう何年になるのだろうなんて野暮なことはさておいて、
 「おっ、懐かしいなあ」
と思って眺めたのは、ベースギターを抱えてステージに立つ僕の写真でした。
 音楽活動はいっさい行っていないと言っていましたが、高校の文化祭で2回だけステージに立ったことがあるんです。将来をめざすバンドとかではなくて、あくまでも文化祭だけのための即席バンドでしたけど・・・。
 
 当時はギターを弾き始めてまだ間もない頃でしたから、僕としてはバンド活動とかステージに立つなんてことは想像もできない世界でした。で、高校1年生のときに、友人が上級生のバンドにギターで参加して文化祭で出演することになって、僕はその練習場所にときどき顔を出すようになりました。
 そのとき初めてベースギターに触れて、いろいろ教えてもらいながら少し弾いてみたところ、「おっ、なかなかやるじゃん」ってことになった。ベースのアンプから出るパワフルな音と、ギターとのセッションでその音楽の一構成員としての自分がいるってことに少し感動しましたねぇ。
 
 そして2年生のとき、文化祭を前にしてその友人が一緒にやらないかって誘ってくれたんです。ベースギターを弾いてくれと・・・。
 「げぇーっ、この俺がステージに立つのか?」
 大変なことになった。僕が人前で楽器を演奏するなんて、とても考えられないことだったし・・・。
 「無理だよ、俺はど素人だぜぇ」
 と言って断ろうとしたのですが、彼は一年前のことをよく憶えていて、僕ならベースが出来るといって密かにリストアップしていたらしい。
 
 ずいぶん迷ったけれど、僕は引き受けることにしました。たかが文化祭じゃないかとみんなは思うかもしれないが、僕にとってはすごい決断でした。
 もともと音楽には興味を持ち始めていて、心の奥底ではやってみたいなとは思っていても演奏能力に自信がありませんから、みんなの足を引っ張ることにならないかなと心配ばかりが先行しましたね。
 
 じゃあ、その心配はどうやって掻き消せばいいのか?
 それはもうひたすら練習するしかないだろうと思いました。友人の「お前なら出来るよ」という言葉を信じて・・・。
 ところで、練習はどこでするの?俺がベースを弾くことになったのはいいけれど肝心のベースギターはどうするの?俺、お金無いよ・・・。
 (おいおい、そんな調子で大丈夫かい?)
 こんなふうに、僕のステージへの道は始まりました。 [続く、かも・・・] 
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20050718
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2005.07.18  ベースとドラムはとても重要だ!
 
 ライブやコンサートなどでバンドが演奏しているのを観ていると、ボーカルを除けばリードギターを弾いている人がいちばん目立っていてカッコいいですね。特にソロを弾いているときは、みんなに注目されてとても華やかです。
 それに引き換え、ベースとドラムは目立たないというわけではないが、どちらかというと控えめな感じがします。(僕の私見ではあるが・・・)
 
 はじめて楽器を手にしようとする人は、まずピアノやギターを求めることが多く、いきなりベースやドラムが欲しいというのはあまり聞いたことがない。理由はたぶんピアノもギターも弾き語りができるからでしょうね。
 このふたつの楽器に共通するのは、メロディーを奏でながらベース音も同時に弾くことができることです。押尾コータローさんなんかは打楽器の役割も兼ねさせています。(これは凄い!)
 
 ところが、ベースはベース、ドラムはドラムでしかない。つまり編成されたバンドになってはじめてその役割が生かされてくるのではないでしょうか。そして僕は、音楽を構成する要素としてベースとドラムがとても重要な位置を占めていると考えています。
 
 バンドが演奏しているのを観て「おっ、このグループはなかなかいいな」と思うのは、もちろんボーカルの巧さとかセンスの良さは必要だが、何と言っても演奏が安定しているときだ。これは多分にベースとドラムの器量によるものが大きいと思う。
 コード進行とリズムの大部分を担うベースとドラムは、車で言うとシャシー、建物で言うと基礎部分とでも言おうか。シャシーが良くないと車は速く走れないし、基礎が弱いと丈夫な建物が建たないように・・・。
 ベーシストやドラマーになりたいと思った人は、その魅力に気がついた人かも知れませんね。
 
 僕が実際に曲を作っているときでも、ベースやドラムのパートを手掛けるときは単なる伴奏とは思わず真剣に取り組んでいます。特にサビへのアプローチや曲にメリハリをつけるときなどは非常に神経を使っています。
 いままでに完成した曲を振り返ってみても、どれも100パーセント納得できたとは言いがたい。これからも続く大きな課題です。いろいろなアーティストの作品をうんとたくさん聴いて、表現力をもっと磨いてみたいですね。こればかりは理屈じゃないと思う。
 
 「ベースシストとドラマーのみなさん、ご活躍をお祈りします」
 
20050612
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