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ケイ・キンが自由気ままにいろんな話題について書いています。 (写真は本文と関係があったり、なかったり・・・、です) |
20181222 | |
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2018.12.22 さらば、僕のラーメン鉢よ! | |
ああ、とうとうお別れの日がやってきた。長年愛用していたラーメン鉢がひび割れして、使えなくなってしまったのだ。なぜ別れを惜しむほど思い入れが強いのかというと、若いころ、就職をして寮生活を営むこととなったとき、夜食用にといって初めての給料で買ったものなのである。袋物のインスタントラーメンを食べるためにどうしても必要だった。寮生の中には鍋のまま食べている奴もいたが、それだけはしたくなかった。鍋は調理器であって食器ではない。 そのころは食欲旺盛な年ごろだったせいか、夕食を取って3時間もすると、もう腹ペコだった。寝る直前にラーメンを食べるのはよくないが、2時間くらい前ならいいだろう。厨房に行って、鍋でお湯を沸騰させ、麺を入れて3分ほどゆでる。麺がほぐれたら火を止め、かやく入りのスープを入れて、よくかきまぜると出来上がり。で、このラーメン鉢で食べるのである。美味しかったなあ。 それ以来の何十年もの間、インスタントラーメンを食べるときは、このラーメン鉢を使ってきた。当然、自分専用であって、他人が使ったという記憶はない。そう、僕の、僕だけの、僕だけのためのラーメン鉢だったのだ。よく好んで食べたのは、サッポロ一番の醤油・みそ・塩ラーメン、エースコックのワンタンメン、日清の出前一丁だ。何度このラーメン鉢を経由して、僕の胃袋に入ったことだろう。愛着がわいてあたりまえなのである。だから大事に使っていたのだが・・・ 物は何でも大事に扱う。無意識のうちにそんな人生を送っている。たぶん、おそらく、子供のころに物を与えられたとき、「大事に使いなさい」としつけられたことが、心の奥に浸透しているのかもしれない。貧乏な家庭だったからなおさらである。物をぞんざいに扱うというのは、概念としては発生しないのだ。 だがしかし、いくら大事に使っていても、限界というものがあるらしい。仕方のないことで悩む必要はない。ここは潔く、「いままでありがとう」といって、ラーメン鉢とお別れしよう。たかがラーメン鉢ごときでと、笑う人がいるかもしれないが、それはそれでいい。笑ってください。僕も半分は笑っている・・・ 待てよ・・・、いま何気なく「ぞんざい」という言葉を使ったが、漢字ではどう書くのだろう。調べてみた。意味は丁寧にしないこと、いいかげん、粗略といったことのようだが、正式な漢字表記はないらしい。候補としては、存在?粗雑?う~ん、ピンとこないなあ。これこそ、ぞんざいに扱われているということか。 話を戻そう。ラーメン鉢だけではなく、実はもうひとつある。コーヒーカップである。同じころに買ったもので、いまも大事に使い続けている。カップのふちの曲がり具合がいいせいか、飲みやすいので愛用している。使用頻度はこちらの方が高いのだが、いまなお健在だ。が、いつか別れの日はやってくるだろう。それまではよろしくお願いします。 あ、コーヒーカップが笑ったような気が・・・ |
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20181118 | |
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2018.11.18 iPod、クラシックからタッチへ! | |
てんやわんやの大騒ぎである。先日、iPod(classic)が壊れてしまい、iPod touchに買い替えたのだが、音楽を聴くことができるようになるまで、ちょっとしたドタバタ劇となった。話が長くなるので、箇条書きにして振り返ってみる。 ~中古CDを3枚買ってきた。 iTunesでCDをインポートし、iPod(classic)と同期させ、iPod本体を確認。 アートワークの一部が表示されていないことが判明。 再度(何度も)同期させようとすると、「同期ができません」とエラー表示。 iPodを初期化して、1からの同期を試みるが、エラーの続出。 ネットで調べた結果、iPodのディスクが壊れたと判明。 家電量販店で買い替えようとしたが、classicモデルは販売終了。 唯一販売されているモデルのiPod touchを注文して、数日後に購入。 iTunesと同期させようとしたが「認識できません」とエラー表示。 iTunesが最新バージョンでないことが原因と判明し、アップデート。 「Windowsインストーラパッケージには問題があります」とエラー表示。 Windows Updateで更新プログラムを確認。 「現在サービスが実行されていないため~確認できません」とエラー表示。 某サイトからrepair.batファイルを拝借し、「管理者で実行」で修復。 Windows更新プログラムを実行し、iTunesアップデートを試みるがエラー。 Apple Software Updateを修復し、再度アップデートを試みるがエラー。 iTunesと関連ソフトをすべてアンインストール。(順番が重要らしい) アップルのサイトからiTunesの最新版を新規にインストール。 iTunesがiPod touchを認識し、同期が無事終了~ なんてこった肩凝った。と、冗談がいえる程度で済んでよかったのだが、大まかな流れとしてはこんな感じだった。いちばんショックだったのは、classicモデルの販売終了である。いまでも新品がネット上で取引されているが、プレミアがついて59,800円以上の値段となっている。ちょっと手が出ない。 なので、やむなくiPod touchを購入したのだが、必要のない機能が多い。自分にとってポータブル音楽プレーヤーのコンセプトは、あくまでも「CDを持ち歩かなくてもどこでも音楽を聴くことができる」なのである。つまり、iTunesもCDから曲をインポートさせるためのソフト、という位置づけにすぎない。 スマホで音楽が聴けるじゃないかという意見もあるだろうが、冗談じゃない。携帯電話と音楽プレーヤーを一緒くたにしたくはない。(考えが古い?) あと、自動車のナビのiPod用端子に接続するため、アップル社の30ピン変換アダプタも購入した。ナビにはBluetooth機能も付いているが、試してみるとアートワークが表示されなかった。やはり直結の方がいい。 これでやっと、以前と同じように音楽を楽しむことができるようになりました。やれやれ・・・ |
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20181020 | |
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2018.10.20 キャッシュレス時代の到来? | |
太古は物々交換だった。が、物々交換は双方の需要のタイミングが合わないと成立しないので、保存できる稲が価値の単位とされ、いったん稲に変えておくことによっていつでも交換ができるようになった。が、稲の保存期間にも限りがあるから、それに代わるものとして金や銀などの貴金属が用いられるようになり、硬貨というものが造られるようになった。が、硬貨では大きな単位になると重くなるから、やがて紙幣というものが併せて用いられるようになった。 大雑把ではあるが、簡単にいうと日本の貨幣経済はこのように発展してきたといえるだろう。現在の日本銀行券と貨幣、すなわちお札と硬貨である。 ところが、全世界ではいま、キャッシュレス決済の時代に向かっていて、日本はキャッシュレス後進国であるといったことが話題になっている。何をもって後進国といっているのだろうか。キャッシュレスといっても種類がある。韓国で発展したクレジットカード決済のことか。中国で発展したQRコードによるモバイル決済のことか。それとも、プリペイドカードのような電子マネーのことか。 個人的な意見としては、銀行の預金残高を気にしながら使うクレジットカード決済やQRコードによるモバイル決済などは御免である。れっきとした借金ではないか。その場で解決する現金決済がいちばんすっきりする。日本人の気質としては、僕と同じように思っている人が大半なのではないか。クレジットカード決済は預金残高を気にしない金持ちだけにやらせておけばよろしい。 キャッシュレスを毛嫌いしているわけではない。そういったことを考えると、あらかじめチャージ(入金)をしておいて使用するプリペイドカードなどの電子マネーはありだと思っているのだ。この方法ならば預金残高を気にする必要がないし、買い物をするときに小銭を数える手間も省けるし、もういうことなしである。あとはプリペイドカードの共通化を図ってほしい。それだけである。 ただ、チャージするときに現金を使うとなると、完全なキャッシュレスとはいえないかもしれない。銀行預金から直接入金する方法があればいいのだが。 いまのところ、現金決済の方法を不便だと思ったことは一度もない。日本のお札は偽造されないように精巧に造られている。しかも美しい。その印刷技術は世界でもトップクラスで、日本人はむしろこのことを誇りにすべきなのではないだろうか。いつの時代でも悪い奴はいるもので、たまに偽札が出回ることがあるが、ごく稀である。だから、日本人は総じてお札を信用しているのだ。 外国人観光客から、日本では現金しか取り扱わないところが多く、とても不便だという声を聞かされる。何をいっている。日本には「郷に入りては郷に従え」ということわざがある。気に入らなければ来なくてよろしい。あ、これは言っちゃだめだな。お願いします、日本人の習慣に合わせてください・・・なのだ。 |
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20180923 | |
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2018.09.23 パソコンのキーボード操作! | |
最近の学生たちのなかには、パソコンのワードやエクセルが使えなかったり、キーボードの操作が苦手だったりする人が増えているといった記事を目にした。やや意外である。小学生のころからパソコン教育を受けているのだが、スマホ(スマートフォン)の普及で、パソコンとは疎遠になっている学生も多いという。どんな職業でもパソコンと無縁ではいられない社会となっている現在、こういった学生たちが、就職を考えたときに焦りを感じるのはよくわかる。 スマホの方が、文字入力が楽だという学生もいらっしゃるようだが、パソコンとスマホを同列に扱うのは少し違うような気がする。本来はパソコンが主体で、スマホはモバイル、つまり携帯端末機という位置づけではなかったか。が、それはまあいいとして、パソコンのキーボード操作が苦手だからといって、焦る必要はまったくないと思いますよ。練習すればいいだけの話ですから・・・ 自分の場合はどうだったかを思い出すと、学生のころにパソコンなどはなく、就職してもほとんどが手書きの世界で、たまに和文タイプライターを使う程度だった。で、しばらくしてからワードプロセッサ(文書作成編集機)、いわゆるワープロが普及したのだが、初めて見たときの第一声は、「この文字の配列は何なんだ?」だった。アルファベットはQWERTY配列(クワーティ配列と読むらしい)といって、欧文タイプライターを踏襲しているようだ。それよりも面食らったのがひらがなの配列だ。なぜ50音順ではなくバラバラなのか。これはJIS規格の配列で、使用頻度の高い文字を中央付近に集めたものだとか・・・??? 当時の上司がワープロに詳しい人だった。そして、「ひらがなは45文字のあるが、アルファベットは26文字しかない。FとJのところに突起が付いているのはFに左手の人差し指、Jに右手の人差し指を置くための印だ。で、同じ段の外側へひとつずつ中指、薬指、小指を置く。それが基本の位置だ。3段の列をそれぞれの指が担当する。人差し指だけは2列担当だ。そうすると手の位置を変えないですべて届くところにローマ字のキーがあるから、キーボードを見ないで打つことができる。かな入力よりもローマ字入力の方が断然速い。練習してみろ。きっと役に立つぞ」と教わった。で、ひたすら練習、練習・・・ あとで知った言葉だが、いわゆるブラインドタッチである。タッチタイピングともいうらしい。現在はパソコンのワードだが、たしかに役に立っている。文章を考えながら入力するときは、画面だけを見ればいいし、メモや資料を見ながら入力するときは、メモや資料と画面の往復だけでいい。学生のみなさんも、パソコンを使う職業に就くのなら、これは必須かもしれませんね。練習しましょう。 余談。当時のことだが、隣の課の人がこう言った。「俺はかな入力の方が速いぞ。ひらがなの位置を全部覚えたから」って、あかん、論点がずれている。 |
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20180819 | |
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2018.08.19 夏の甲子園、高校野球に思う! | |
近年、高校野球が大人気である。正式名でいうと、全国高校野球選手権大会だ。甲子園での準々決勝の日は午前5時40分に満員通知が出されたとか・・・、もう異常ですよね。前日夜からの徹夜組もかなりあったらしい。 例年では、都道府県のうち、甲子園での2校の出場枠があるのは北海道と東京都だけだったが、今大会は第100回記念大会ということで、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の7府県がそれぞれ2校ずつ出場できることとなった。いずれも高校数が断然多い府県である。出場校が増えても運営に支障がないのであれば、これを常態化させてもいいのではないだろうか。 高校野球はプロ野球とは違ってトーナメント方式である。全国約4000校のチームが甲子園での頂点をめざすが、負けると終わるのである。地方大会と甲子園を通じて一度も負けなかったチームがひとつだけ残る。すなわち優勝である。「この試合は負けても仕方がないな」というのは許されないのだ。 だから、みんな必死になって闘う。最後の最後まであきらめない。その闘志でもってプレーする姿が日本人の心を揺さぶるのではないだろうか。 甲子園ではすべての試合がテレビで生中継される。これは大きい。都会に就職した地方出身者も地元の出場校の試合を観ることができるのだ。地元愛とまではいかなくても、郷愁を呼び覚ますことにはなるだろう。毎年お盆の季節に開催されることも大きい。サラリーマンも夏休みを利用して観戦することができる。猛暑が続く中、熱中症のことが懸念され、開催時期をずらしてはどうかという意見もあるが、何をいっている。この時期だから高校野球なのだ。もはや日本の文化のひとつになっている。熱中症対策は別に考えようではないか。それに夏休み以外の時期に開催するとなると、誰も見向きしなくなるだろう。 甲子園は「筋書きのないドラマ」とよく表現される。これには同感だ。他のスポーツとは違って、野球は9回裏2死になってもまだどうなるかわからないときがある。だから最後まであきらめない。観客も固唾を飲んで見守る。今大会でも9回に逆転劇が起こることがしばしばあった。なぜこうも力が入るのか。くどいようだが、負けると終わりだからである。そして、シューズ袋に甲子園の土を入れている負けたチームの選手の涙。その純粋な涙のなんと美しいことか。 高校野球で忘れてはならないのは監督の存在だ。闘っているのは選手だけではない。野球の監督には絶対権限があるが、負けたときの全責任は監督が負うのである。重圧というのはエース投手でも4番打者でもなく、おそらく監督の肩にいちばん重くのしかかっているだろう。試合の勝ち負けは監督の采配によるところが大きいとよくいわれる。高校野球を観戦するとき、監督がどんな作戦を立てるのかに注目すると、もっと面白くなるのはまちがいありません。 暑い日が続きますが、高校野球の選手のみなさん、がんばれ~。 あ、こまめに水分補給はしてくださいよ。(こまめで足りるのかな?) |
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20180722 | |
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2018.07.22 猛暑日は熱中症との闘い? | |
こりゃたまらん、というくらいの暑い日が続いている。いくら夏が暑い季節だといっても異常な暑さだ。もはや四季折々の日本の夏ではなくなってしまった感がある。子供のころの夏休みは、最高気温がせいぜい28度前後だった。30度を超えるとびっくりしたものだ。ニュースの天気予報では、これからも猛暑日が続くといっている。猛暑日というのは、最高気温が35度以上の日のことを、気象庁が2007年に定義づけした用語である。このことからも、昔にはあまりなかったものだということが窺える。30度以上の真夏日はすでにあったが・・・ 犯人(やや語弊があるが)はわかっている。南米のペルー沖で発生するラニーニャ現象である。これは、ペルー沖の海面水温が低くなるもので、下降気流が強くなり、高気圧が発達することによって熱帯域の貿易風(東風)が平年よりも強くなる。すると暖かい海水が太平洋の西へ押しやられ、インドネシア付近で積乱雲が多く発生する。その反動で温帯域の太平洋高気圧(小笠原高気圧ともいう)の勢力が強まり、日本列島は天気がよくなりすぎて厳しい暑さとなる・・・、ということらしい。 ラニーニャ現象とは反対に、ペルー沖の海面水温が高くなるエルニーニョ現象というものもある。これは結果的に太平洋高気圧が弱まるので、日本列島に低気圧が通過しやすくなり、平年よりも冷夏となるのだが、そもそも、このペルー沖の海面水温がなぜ高くなったり低くなったりするのか、そのメカニズムについてはよくわからない。一説では地球の温暖化が原因だとか・・・ とはいえ、日本に住む人々にとっては傍観している場合ではない。猛暑日が続くことによって、熱中症というやっかいな代物と闘わなければならないからだ。人間の体は熱くなったとき、汗をかくことによって体温調節をしているのだが、猛暑日という体温に近い気温になると、この調節機能がきかなくなることがあるので要注意だ。 やめときゃいいのに、といわれそうだが、先日、猛暑日になると予報されているにもかかわらずハイキングに参加した。でもまあ、ペースを落とし、水を何度も飲み、塩飴を舐めながら歩いたので大事には至らなかったのだが。 熱中症の予防として、水分をこまめに補給するというのがあるが、塩分の補給も必要なのである。塩分や糖分を含んでいるスポーツドリンクが最適のようだ。お茶は利尿作用があって、脱水症状を促すのであまりよくないらしい。 猛暑日は、朝の通勤時からして大変である。日の当たる場所はそそくさと歩き、日陰に入ると超ゆっくりと歩く。経験上、日光を浴びる時間が少なければ少ないほど、体があまり熱くならないということに気がついた。(当たり前?) で、いつも思っている。ドラえもんの、どこでもドアが欲しい~! |
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20180624 | |
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2018.06.24 お気に入りの場所がなくなった! | |
某スーパーマーケットの、大きな庇の下に白いベンチがあったのだが、今はもうない。白いベンチどころか、スーパーマーケット自体がなくなってしまったのだ。サイクリングをしていて、いつものように休憩しようとしたのだが、駐車場に車が一台もないので変だなと思ったら、店の中が真っ暗だった。その後、解体作業が進み、とうとう更地になってしまった。つぶれちゃったのかな? ベンチの近くに缶コーヒーの自動販売機とトイレがあって、夏は涼しく、冬は北風が当たらない場所だったので、すごく気に入っていたのだが、残念である。が、なくなってしまったものは仕方がない。さて、今後はどうするか、ということで、最近はコンビニで休憩するようになった。庇は小さいし、缶コーヒーもトイレも店の中にあるので、少し落ち着かないが、ま、そのうち慣れるだろう。コンビニといえば、先日、こんな微笑ましいシーンがあった。振り返ってみる。 ~あるお父さんがコンビニにチワワを連れてやってきた。お父さんは、店の外の配管にリードをくくりつけて店に入っていく。するとチワワは大慌て。「え、パパ、どこ行くの?」たまらなくなって、思わずワン、ワン。「ボクをひとりぼっちにしないでよ」目がうるうる状態になり、二本足で立って店の中を覗く。が、お父さんは見えない。あきらめたのだろうか、おすわりをして待つ。ドアが開いた。素早く反応して見上げる。女の人が出てきた。「なんだ、パパじゃないのか」またドアが開いた。今度は若い男性だ。「あーんもう、パパはまだなの?」三度目でやっとお父さんが出てきた。チワワはもう大喜び。二本足で立って、しっぽを振りながらお父さんの足にしがみついた。「パパ、ボク淋しかったよう」~ (チワワの表情を見て、勝手に代弁しているが、おそらく合っているだろう) とまあ、こんなシーンだったのだが、チワワを見ていてほんとうにかわいいなと思った。犬を飼ってみたいなあとも思ったのだが・・・、やっぱりやめとこ。 話を戻そう。サイクリングをしていて、いつも思うことだが、どこを走っても、景色というものはどんどん変わっていく。古い建物は新しくなり、狭い道路は広くなっていく。田んぼは次々と住宅地に変わり、山の斜面やため池には太陽光発電設備が増えていく。個人的には、建物の屋根に太陽光発電設備を設置することに異論はないが、山の斜面やため池に設置することは自然破壊なのではないかと思っている。が、それはまあいい。 とにかく、世の中がめまぐるしく変わるなかで、景色がどんどん変わっていくのはむしろ当然のことであり、まさに栄枯盛衰のなかに我々は生きているのではないかと思う。冒頭のスーパーマーケットの話で、なくなってしまったものは仕方がないといったのは、そういう思いから発した言葉なのだ。 ところで・・・、我が家のトイレのウォシュレットが故障した。温水が出なくなってしまったのだ。業者の話では、10年以上経っているので部品がもうないらしい。壊れてしまったものは仕方がないが、栄栄盛盛でいてほしかったなあ。(何の話?) |
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20180520 | |
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2018.05.20 年を取ると丸くなる、とは? | |
年を取ると丸くなる、とよくいわれる。その語源は柊(ひいらぎ)の葉っぱにあるらしい。若い柊は葉っぱのとげが尖っているが、樹齢を重ねるにつれて徐々にとげが小さくなっていき、2~3百年を超えたあたりからとげのない丸い葉っぱになるのだそうだ。それを人間になぞらえているのだとか・・・ もっとも柊の場合は、木が小さいときは草食動物に食べられないようにとげを持ち、大きくなるとその必要がなくなる、というだけのことのようだが。 若い頃は、自分の考え方が常に正しいと思っていた。大げさな表現でいうと、自分を中心に地球が回っている、である。また別の表現では、自分の物差しだけで他人を測る、であろうか。自分がこうするべきだと思っていることを、他人が違うことをしたとき、腹が立つことがよくあった。自分の主張はいっさい曲げないわけだから、当然、相手との間にも角が立つことになる。ところが・・・ 年を重ねるにつれて、たくさんの人と出会い、いろんな話をいっぱい聞いているうちに、人によって価値観は様々であるということに気付かされた。はたして、この世の中で絶対に正しいというものは存在するのか?とも思えるようになってきた。そうすると、自分の主張だけではなく、相手の意見も聞いてみるということになり、穏やかに話すことができるようになる。 自分の価値観が揺らぐことはないが、相手の価値観を認めて聞き上手になる。相手との間に角が立つこともなくなるので、その姿勢が「年を取ると丸くなる」という表現につながるのではないだろうか。 自分としては、まだまだ丸くなったとは思えないが、自分を中心に地球が回っているわけではないと思えるし、自分の物差しだけで人を測らないということを実践しているところである。そうすることによって、相手に対して怒ったりイライラしたりすることがだんだん少なくなってきたような気がする。 年を取ると丸くなるというのは、性格がよくなるという話でもなく、また、そのことがいいことなのか悪いことなのかについて考える気はまったくない。あくまでも状態の変化のことをいっているに過ぎず、仮にいいのか悪いのかを考えるとしても、人それぞれの価値観で判断すればいいだけの話である。 昨今、キレる老人が増えているといったことがよく話題になる。これをもって、年を取っても丸くなるとは限らないと結論付ける人がいらっしゃるが、所詮は一部の老人の話なのではないだろうか。いまだに自分を中心に地球が回っていると思っている人であり、自分の物差しだけで生きている人である。たくさんの人がいるなかで、そんな人もいるでしょう。いっそのこと認めてあげましょう。ただし、キレる老人と対峙したときの対策は立てないといけませんね。 とことん聞いてあげる?関わらないのがいい?・・・う~ん、むずかしいな。 |
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20180423 | |
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2018.04.23 新しい自転車を買ったぞ! | |
人間は体を動かさなきゃだめだといいながら、自転車に乗りはじめてから10年が経った。愛車はDAHONのメトロというモデルである。DANONの中では最下級クラスで、いわば入門編のようなものだか、パーツはどれも申し分なく、とても気に入っている。で、乗れば乗るほど愛着がわいたのであるが、先月のサイクリング中にトラブルが発生した。構造上の問題ではないが、リアのフェンダーステー(泥よけを支える金属の棒)が、走行中に突然パキッと折れてしまったのである。おそらく、長年の振動による金属疲労なのだろう。 フェンダーがガタガタと揺れるので、スピードは出せないが、走行に支障はなかった。帰宅してから、フェンダーはなくてもいいだろうと思い、前後ともに取り外した。すると、タイヤもところどころに繊維が見えるほど摩耗しているではないか。そのとき、この自転車に乗りはじめてから10年経ったことに気づき、そろそろ上級クラスのモデルに乗り換えようかな、という思いが頭をよぎった。 メトロを大きい写真で見る チュートリアル(お笑いコンビ)の徳井さんの名台詞に、「買いたいときが、買い替えどき~」というのがある。うん、たしかにそうかもしれない。それに、年をとって残りの人生を考えたとき、少なくともあと10年は自転車に乗っていたい。買い替えるのなら今のうちではないだろうか。そんな気持ちも上級クラスの自転車が欲しいという思いに拍車をかけた。「よし、新しいのを買うぞ~」 というわけで、先日、DAHONの高級クラスのモデル、ミューSLXを買いました。わあーい。このモデルを選んだ理由は、なんといってもその軽さである。カタログ表示ではペダルなしで8.6Kgとなっているが、ペダルを装着しても10Kg以内というのはすごく魅力的だった。メトロは12.0Kgだったが、輪行するとなるとこの差は大きい。それと、カラーラインナップが毎年変わるのだが、2018年はドレスブラックとスパーキーレッドとなっていて、ドレスブラックの色がすごく気に入ってしまったのだ。自転車店で現物を見て、迷わず購入。 ミューSLXを大きい写真で見る で、実際に乗ってみてどうなのかというと、非常に軽いのである。重量の話ではない。走行性がよくて、すいすいと走ってくれる。11段変速のギア比がいいせいか、加速もスムースである。それに走行中に足を止めてもスピードが落ちない。パーツはどれもかっこいいし、もう言うことなしである。敢えてひとつ言うなら、3時間も乗っているとお尻が痛くなる。が、これはもう慣れるしかない。 さあ、新しいサイクリング人生の始まりだ。走行性能がよくなった分だけ、行動範囲が以前よりもさらに広がるだろうな。もう、わくわく・・・である。 メトロは乗りたいという人がいるので、前後のタイヤとチューブ、サドルを新調して譲ることにした。日頃から手入れをしていたので、そのほかの部分はまったく問題がない。メトロよ、いままでの10年間、ほんとうにありがとう。 |
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20180322 | |
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2018.03.22 軍手とストックは必需品だ! | |
ここのところ、街歩きを中心とするハイキングが多かったのだが、先日は久しぶりの軽登山コースだった。この日の参加者は5名。春先とはいえ、まだ肌寒く、防寒着が必要だったが、空は晴れ渡り、絶好のハイキング日和ではあった。標高は2~3百メートルで、山から山への縦走コースである。登山口に向かう途中であの山だと知らされ、「えっ」と思った。山頂が尖っているのである。 登山口で、軍手とストック(トレッキングポールともいう)を用意する。軍手にファッション性は必要ない。滑り止め付きの作業用軍手でいい。山に入るとき、軍手は必須である。コースの途中で木や岩を掴んだり、枝をはらったりするとき、またロープが用意されている場所で発揮する。登山専用のグローブというものもあるが、長時間や雨天でないかぎり軍手で十分だろう。 ストックはモンベルのT字型を愛用している。ストックにはI字型とT字型があって、どちらがいいかについて意見はさまざまだが、ダブル(両手)で使う場合はI字型、シングル(片手)で使う場合はT字型というのが定着しているようである。シングルの場合、転倒しそうになったときや、木や岩を掴みたいときに片方の手が空いているので、自分としてはこちらの方がいいと思っている。 さて、この日のコースであるが、案の定、急な上り坂の連続であった。ところどころでロープが用意されていたので助けられたが、木や岩を何度も掴み、ストックを駆使しながらの、かなりの有酸素運動である。特に山頂の手前では、一歩ずつ、一歩ずつである。そして、山頂に到着したときはもう汗だく。ところが、山頂からまわりの風景を一望したとき、ついさっきまでの苦労はどこかに消え去ってしまった。そう、身も心も達成感で満ち溢れているのだ。 山頂で食べるおにぎりと熱いお茶がとても美味しかった。そしてワンカップのお酒をいただいた後、次の山に向かっての縦走である。尾根の道は比較的楽ではあるが、少なからずアップダウンがある。山では、上りは体力的にきついが、技術的に難しいのは下りである。ここでストックがものをいう。ストックを使うことによって、膝への負担が軽減されるのである。これはかなり大きい。 愛用しているストックは、3段のスクリュー式と呼ばれるもので、結合部を回して長さが調整できる。初めのうちは自分に合った長さを見つけるのが大変だった。上りだけに合わせると短くなり、下りだけに合わせると長くなってしまう。上りでも下りでも対応できるベストポジションを見つけることが重要だ。これにはやはり、何度も使っていろんな長さを試すしかない。そして、自分に合った長さが見つかり、使い慣れてくると、もう離せなくなってしまうのである。 ストックは老人が持つものだなんて、とんでもない。軽登山を楽しむ人はぜひ持ちましょう。あるのとないのとでは全然違いますよ。うん。 |
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20180225 | |
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2018.02.25 冬季五輪は欧米の文化? | |
お隣の国、韓国で開催されているピョンチャン・オリンピックを観ようと思い、真夜中にテレビのスイッチを入れると、クロスカントリースキーの女子4×5Kmリレー競技が放映されていた。1チーム4人編成で、前半の2人はクラシカルスタイル、後半の2人はフリースタイルでそれぞれ5Kmずつ滑り、一斉スタート・リレー方式で行う競技である。残念ながらエントリーチーム名に日本はない。 すでに後半の第3走者が滑っていたのだが、激戦の末、3位でバトンタッチを受けたノルウェーのアンカーが見事な追い上げで逆転してトップに立った。追随する2位のスウェーデンをなんとか振り切って51分24秒3でゴール。タイム差は2秒。1時間近いレースでたったの2秒差である。あと、3位がロシア、4位がフィンランド。なんと、上位は北欧のチームばかりではないか。何が違うのか。女子選手といえどもみんな体格がいいが、ゴールした後、観客席に向かって手を振る選手たちは、みんな笑顔が素敵な普通の女の子ばかりだった。 クロスカントリースキーはノルディックスキーに分類され、スキーの原型といわれている。冬の間、雪に覆われる北欧の国々で、生活の移動手段としてスキー(あるいはソリ)を使っていたものが、そのまま競技に発展したようである。したがって、北欧の人たちとっては最も身近な競技であり、伝統的な競技なのであろう。だから選手層が厚く、その底辺もかなり広いのだと思う。 アルペンスキーはその名のとおり、ヨーロッパのアルプス地方で発展したスキー競技である。ロッキー山脈があるカナダやアメリカでも、同様に発展していったようだ。また、スピードスケートはオランダが発祥の地だといわれていて、冬の間、凍った運河や川を行き来するための移動手段だったものが競技に発展したようだ。オランダの人たちにとっては生活に密着しているともいえ、スケート王国とも呼ばれている。どおりでオランダの選手が強いわけである。 個人的に、冬季オリンピックの花形競技のベスト3は、アルペンスキー、クロスカントリースキー、スピードスケートだと思っているが、これらの競技のメダリストは、ほとんどが体格のいい欧米の選手たちである。相対的に体の小さい日本の選手はなかなか上位に食い込めないが、メダルを目指してがんばっているのは同じだ。メディアは、アルペンスキーやクロスカントリースキーの選手たちにも、もっと注目してあげてほしい。 そんな中で、ノルディック複合やスピードスケートで日本の選手たちがメダルを獲得したのはすごいことだと思う。これからもどんどんいい選手が育ってほしいですね。がんばれ日本。 追記。採点競技のフィギアスケートにはあまり興味がなかったのだが、羽生選手の金メダルの演技はすごくよかったですね。技術的なことはよくわからないが、どの選手よりも、演技が全体的に流麗かつ優雅なのだ。素人でもその違いがよくわかった。フィギアスケートを見る目が少し変わったかもしれない。 |
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20180121 | |
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2018.01.21 レコードのブーム到来? | |
アルバムジャケットからLPレコードを取り出し、盤面の埃をきれいに拭き取り、レコードプレーヤーのターンテーブルにセットして、そっと針を落とす。スピーカーから音が出るまで、束の間ではあるが、わくわく、どきどき・・・。そして、部屋中が音楽に包まれる。昔、アナログ音源しかなかった頃は、神聖にというか、そんなふうに音楽を聴いたものである。そう、まるで儀式であるかのように・・・。 ところがいまでは、iPodのような携帯型の音楽プレーヤーとヘッドホン(最近はイヤホンでも遜色ない)さえあれば、いつでもどこでもボタンひとつで、気軽に音楽を聴くことができるようになった。時代は変わるものである。 さて近頃、若い人たちの一部でレコードがブームになっているという。ジャケットが大きいのでファッション性がある、というのが主な理由らしいが、なかにはアナログ音源のレコードの方がいい音がするから、という人もいるらしい。 実際に、レコードとCDとMP3(128kbps)を聴き比べてみても、素人の僕では違いがよくわからない。敢えていえば、レコードの音がいちばん深みがあるような気がするのだが、これはデジタル音源が音の情報を記録しているのに対して、アナログ音源が音の振動を記録していることによるのかもしれない。 専門家の話によると、アンプやスピーカーなどの機器がハイレベルな環境であれば、断然レコードの方がいい音がするという。クラシックやジャズを楽しむ人のなかで、レコードにこだわる人が多いのはそのせいか。でも、お金がふんだんにある人にしかできないことではある。したがって僕には無理な話。 我が家でも、いつでもレコードが聴けるようにと、プレーヤーとアンプとスピーカーのセットはしてある。しかしながら、iPodで気軽に楽しめるこの時勢、わざわざレコードを取り出してまで音楽を聴くのが面倒くさいのである。所有しているレコードのCD版はほとんど入手しているから、なおさら・・・なのだ。 あっ、レコードのCD版で思い出した。昔、友人から借りたレコードで気に入ったアルバムが2枚あった。それは、三好鉄生さんのTESSEIとTESSEI2というアルバムなのだが、カセットテープに録音していたはずなのに、いくら探しても見当たらないのだ。不要なカセットテープと一緒に処分してしまったのかもしれない。で、CD版があれば買おうと思ったのだが、新品も中古もなかなか見つからない。ネットで調べてみて、その謎が解けた。もともとCD版は発売されていないのだ。残念・・・、となると、レコードを入手するしかないのだが、TESSEIはなんとか手に入れた。あと、TESSEI2も早く見つけたいなあ。 つまり、この2枚のアルバムだけは、レコードで聴くことになるだろう。 話は戻るが、アルバムジャケットのファッション性、これはたしかに魅力がある。CDの大きさでは物足りない。若い人たちのなかには、聴くためではなく、部屋に飾るためにLPレコードを買う人もいるのだとか・・・。ただし、日頃から手入れをしておかないと、カビにやられるから要注意ですよ。 |
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